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“民主化しない中国”の謎を橋爪大三郎が社会学視点で読解──党総書記が法律を超越する!

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(絵/川崎タカオ)

──今や世界2位の経済大国になった一方で、香港のデモに対して強権的な弾圧を行うなど、人権の観点でも問題行動を取り続ける中国。日本を含む他国のメディアでは「民主主義の死」「一党独裁の恐怖」と評されることも多い。本稿では、そんな「民主化しない中国」の謎を、数冊の推薦書を挙げてもらいながら、社会学者の橋爪大三郎氏に解説してもらう。(サイゾー「月刊サイゾー」9月号より一部転載)

 19年から激化の一途をたどってきた香港の民主化運動に対し、警察の取り締まりも厳しさを増している。6月30日の香港国家安全維持法の施行後は、民主派の書籍が閲覧禁止になったり、民主派運動家の選挙立候補資格が取り消されたりと、民主主義社会では考えられない事態になっている。その背景に、中国共産党の一党独裁的な政治体制があるのは周知の通りだ。

 世界2位の経済大国となった国家で、このような政治・社会体制が維持されていることを、我々はどう受け止めればいいのか。また経済成長を遂げた国家は、その過程で民主化していくのが常というイメージがあるが、なぜ中国では民主化が起こらないのか。

 本稿では、『隣りのチャイナ 橋爪大三郎の中国論』(夏目書房/2005年)、『おどろきの中国』などの著書があり、中国に関する新著も構想中の社会学者・橋爪大三郎氏に登場いただき、中国の現状や近現代史、中国社会の行動様式について深く知ることのできる書籍を推薦してもらいながら、「中国と民主化」の関係について解説をしてもらった。

 まず、「中国の近現代史における『民主化』や『弾圧』の詳細がわかる書籍」をたずねたところ、「そうしたテーマの書籍ではいいものが非常に少ない」とのことだが……。

「日本でも広く読まれたのは、20年以上前に出版されたユン・チアンさんの『ワイルド・スワン』ですね。この本は、1952年に四川省で生まれた女性とその一族の経験をもとに、中国現代史の激動がミクロな視点から描かれている。その続編の『マオ―誰も知らなかった毛沢東』(講談社/05年)も、モスクワで開示された膨大な資料をもとにしていて、毛沢東がどのような指導者だったのかわかる内容です。この2冊はご存じの方も多いと思うので、今回はそれ以外の書籍をご紹介します」

 選出してもらった書籍は当企画下段で解説するが、社会学や経済学の研究者が著した重厚な書籍が並ぶ。まず、日本人が中国社会を見る上で読んでおくべき書籍として、橋爪氏の師にあたる小室直樹氏の『小室直樹の中国原論』を挙げてくれた。

「日本人が中国を見る場合、『漢字が読める』『中国の古典についての知識も多少はある』という点で、ほかの国の人たちよりはリテラシーが高い。でもそんな知識も、社会科学のトレーニングを受けていないと、うまく使いこなすことはできません。本書は社会科学的な視点から、『中国社会のどのような部分に目を向けるべきか』を順序立てて書いている。その点でほかに代えがたい書籍だと思います」

 小室直樹氏は学問の境界を越えて社会科学を学んだ社会学者・思想家。その中国論については、「種本があるとすればマックス・ヴェーバーの『宗教社会学論集』です」と橋爪氏は語る。

「ヴェーバーは宗教を切り口に近代社会を見ていく社会学者で、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が有名ですが、そのほかに『儒教と道教』という中国論も書いている。『ヒンドゥー教と仏教』『古代ユダヤ教』も書いてます。そうしたヴェーバーの比較社会学は、米国の社会学者タルコット・パーソンズが受け継いでおり、小室先生はアメリカ留学時代にパーソンズのゼミでも学んでいました。そして日本でも大塚久雄先生の教えを通してヴェーバー学説に深い洞察を持っています。小室先生の中国論の源流はヴェーバーの中国研究にあります。研究手法は非常にオーソドックスなものだといえます」

 その『小室直樹の中国原論』では、中国について「『契約』『法律』『所有』などのキー概念の意味が、資本主義諸国とあまりにも違っているために理解を絶する」と説明。そして中国の法律が、資本主義のトラブルを解決するようには作られていないこと、国際仲裁裁判所の裁定に実効性を持たせるようにはできていないことも指摘している。同書の刊行は1996年だが、「中国の法律は、未だ、人民を保護する役目をはたしていないのである」という最終章の結びの言葉は、今の中国社会を指しているかのようだ。

 国際法や資本主義、民主主義の常識では捉えきれない中国の行動様式については、橋爪氏も自著の『4行でわかる世界の文明』で詳しく解説している。橋爪氏は、共産党の一党支配の現代中国について、「人々の考え方や行動様式の根本には儒教は生き続けている」と分析。以下のように「儒教の人々の行動様式」をモデル化している。

《1》まず自己主張する。
《2》相手も自己主張している。
《3》このままだと紛争になる。
《4》順番があるので、大丈夫。

 実質的に中国文明の根幹となるのは、最後の「《4》順番があるので、大丈夫。」の1行だという。

「中国のローカルな社会には家族や親族がいますが、その中で誰が偉いかの順番が自動的に決まる。そして村で誰が一番偉いかは県の人が決め、県で誰が一番偉いかは省の人が決め、省で誰が一番偉いかは中央政府が決める。中央政府で誰が一番偉いかは、もう皇帝が偉いに決まっています。そして今は、その皇帝の位置に習近平総書記がいるわけです。中国は『一番偉い人』を頂点に置いて、順番によって安定を図る社会なんです」

 なおキリスト教圏の人々の行動様式は、《1》~《3》は中国と同じで、《4》の部分が「法律があるので、解決する」になるという。この相違点が理解できれば、中国社会と民主主義社会の違いや、香港でデモが続いている背景も理解できる。

「イギリスに統治されてきた香港は、『法律があるので、解決する』と考える社会で、『法律は人間より上にある』と考えられてきました。対する中国は『順番があるので、大丈夫』と考える社会で、その順番の頂点にいる共産党や党中央は、法律を超越している。中国にも法律はありますが、偉い人が法律を決めるのであって、法律が偉い人を選び出すわけではありません。『この人が偉い』ということは、法律が決めるのではないのです」

 現在の香港のデモでは、5大要求のひとつとして「行政長官選や立法会選での普通選挙の実現」が掲げられている。先の橋爪氏の話を踏まえると、普通選挙という仕組み自体が、現在の中国社会の仕組みと齟齬をきたすことがわかるはずだ。

「法の支配する社会で生きてきた香港の人々は、『誰が一番偉いかも法律で決めなければいけない』と考え、選挙が必要だと考えます。しかし、1997年に中国に返還された後の香港の政治・経済体制を定めた香港基本法では、香港の行政長官は『選挙あるいは協議で決める』ことになっている。必ず選挙で決めるとは書いていないし、現状の選挙制度も北京政府の意向が反映されやすいものとなっています。また立法会の議員も全員を普通の選挙で選ぶわけではない。戦前の日本の貴族院と衆議院を足して2で割ったような仕組みなのです」

 そして香港では、民主化運動を取り締まる「香港国家安全維持法」が今年6月30日に施行。9月6日に予定されていた立法会選挙を当局は1年延期したが、政府に批判的な民主派候補の立候補資格がすでに取り消されたりしている。このような動きは、「法律が上の民主主義と、共産党が上の中国大陸のやり方が衝突したもの」(橋爪氏)なのだ。

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