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「シン・エヴァ」は「父看取り」の物語―絶対的権威はもういらない? エンタメ界に流行する「父殺し」の消失

碇シンジが“父”を看取った!

「エヴァという作品では、14歳の碇シンジがいつか大人になる物語と期待されつつ、いつも視聴者が期待するような“父殺し”をしてくれないということを繰り返してきました。碇シンジの大人になり方がいつも不完全で、例えばそれが『Q』では自己啓発的なものだったりしたんですけど。先日放送された『プロフェッショナル』(NHK)でジブリの鈴木敏夫さんが庵野秀明さんを『大人になり損ねた人』と表現したのは、興味深かったですね」

 “父殺し”は、大人になる過程として神話の時代から何度も変奏されてきたモチーフだ。フロイトが提唱したエディプスコンプレックスの文脈で、抽象化された父は必ずしも男性とは限らず、権威や師匠、社会の枠組みや規範の象徴とされる。

「母親に愛情を抱く子供が、強い存在である父親に嫉妬し、母親を手に入れるために父を乗り越えることを父殺しと言いますが、『シン・エヴァ』で印象的だったのは、そんな乗り換えるべき父の弱体化でした。もう人ですらなくなって、なんなら『俺も寂しかった』といった自分語りもする。関係が不仲だった親子って親を看取ったときによく『ホッとした』と言うんですが、今回の『シン・エヴァ』でも、シンジも最後は父を乗り越えたカタルシスより、ホッとした雰囲気のほうが際立っていたと感じます」

 特にネオンジェネシスの頃は碇ゲンドウの存在に宮崎駿を重ねる視聴者が多かったが、『シン・エヴァ』は父殺しではなく“父看取り”の物語としてエンディングを迎えた作品というのが大室氏の見立てだ。

「優れた物語は超個人的な自分ごとと社会の普遍性がリンクすることで大きな力を持つんだと思いますが、庵野さん自身の25年の物語と時代の空気が見事にシンクロしていましたよね。エヴァは庵野さん個人の物語で、少なくとも“EOE”までは宮崎監督が乗り越えるべき確固とした存在だったし、庵野さん自身もまだまだ世に承認されていなかったので、おそらく父殺しが主題になり得た。でも、この20数年で庵野さんのプライオリティの中で父殺しの位置づけも変わったんでしょうね。家族や学校など抑圧してきた存在が、時間の経過とともに自分の興味・関心の対象ではなくなることは現実によくあります」

単純な父殺しの物語が成立しない時代

 実際に臨床の現場でエディプスコンプレックスは、どのようなかたちで現れるのだろう。

「メンタル不調を起こしやすい人の特徴に“べき思考”がありますが、これは規範という意味で非常に父性的で抑圧的な思考です。それが行き過ぎると他人のことが許せなくなったり、自分自身が苦しめられたりする。ただ、どちらかというと今は規範より自由へのストレスに苦しむ人も多いですね。時代のストレスは社会的な要求によって抑圧されるストレスから、父性不在のなか自分で決めなければいけないストレスになってきている。つまり決められるストレスから決めるストレスへの変化です。レールのないところを勝手に走れと言われるのもけっこうストレスなんですよ」

 近年はさまざまなフィクションで父殺しのモチーフは減少。世界的に父殺しの物語が成立しにくい傾向もあるようだ。

「そう考えると新海誠作品にはほとんど父親が出てこないし、最近のディズニー映画に関しても旧来的な男性像は描かれない。権威が権威として振る舞うほど、それを打ち倒すときの爽快感も強いけど、そもそものその権威自体がすでに揺らいでいるんですよね。例えば、昭和の時代に欽ちゃんの地位をビートたけしが奪い取る、みたいな一直線の逆転ストーリーはわかりやすいけど、キー局自体が弱体化した現代では、そもそもキー局で番組を持てば勝ちなのか?というところから疑う必要がある。石橋貴明の後釜が誰でもそこには昔ほど乗り越えたというカタルシスはないんですよ」

 かつては社会の規範の代行者である父は物語でも存在感を持っていたが、今や父性的な存在は物語における中心的な役割からほぼ退場している。まさにポストモダンということかもしれないが、そんな近年の作品群のなかでも父性的な感覚をなぞりつつ、社会情勢に上手くハマった作品などはないのか?

「『鬼滅の刃』の『俺は長男だから我慢できた』って炭治郎のセリフは、すごく古臭い父性的なものを感じましたね。まあ、設定が大正時代ですから(笑)。『梨泰院クラス』も途中からは“父弱り”の話でしたし、基本的に物語から従来の父性は排除されていくと思います。『梨泰院クラス』の場合は乗り越えるべき絶対的強者が、いつの間にか弱体化していて。深読みかもしれませんが、終盤の何をすべきかわからない宙ぶらりん状態こそがリアルだ、という気もする。もともと韓国は非常に家父長的な社会ですし、そこに現代人が抱える生煮え感があるんですね」

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