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『青天を衝け』では描かれない徳川慶喜の女性関係──義祖母に嫉妬し、側室と同居させられた正妻・美賀君の悲運

側室たちと同居させられた美賀君

『青天を衝け』では描かれない徳川慶喜の女性関係──義祖母に嫉妬し、側室と同居させられた正妻・美賀君の悲運の画像2
明治維新前の一条美賀子 | 『徳川慶喜公伝 一』より

 当時の上流階級でも離婚は可能でした。しかし、もともとは今出川家出身である美賀君は、実家の“主家”にあたる一条家のお姫様の代理となり、慶喜に嫁いだ身です。自分の気持ちだけでは離婚さえできない、そうした苦しさに生涯を支配されていたことが推測されます。

 ただ、美賀君だけが慶喜にそっけなくされたわけではなさそうなのですね。たとえば、慶喜は美賀君と結婚する前に約10人の側室を持っていたなどとお話しましたが、その側室たちはその後、どうなってしまったのでしょう? 実はほとんど何もわからないのです。

 逸話がないのに、側室や妾だけがたくさんいたことだけが伝わっている理由はなんでしょうか。これは、慶喜にとってほとんどの女性たちは“使い捨て”だったことを指していると思われます。

 女性がらみの興味深いエピソードがあります。『青天~』ではカットされる逸話でしょうが、「鳥羽伏見の戦い」から逃げ出し、大坂を離れることになった慶喜は、松平容保らごく一部の部下と、側室の女性だけを連れ、軍艦に乗って江戸に戻りました。

 この時、慶喜の部屋から子供のような声が聞こえてきて、それが慶喜のボディガードでもあった江戸の“侠客”・新門辰五郎の娘にあたるお芳の声だとわかると、「部下を捨てたのに、女連れで慶喜公は逃げ出したのか」「あの女は切らねばならない」などと部下たちが騒然となる一幕があったようです。

 なぜお芳は慶喜に選ばれたのでしょうか。愛情の問題かもしれませんが、一説には彼女自身にも武術の心得があったとのことなので、いざというときに自分の護衛になると考えた可能性もあります。

 慶喜は静岡で蟄居を始める前に、一色須賀(いっしき・すが)と新村信(しんむら・のぶ)の二人を除き、すべての女性関係を解消してしまいました。この時、すでにお芳とは別れていたのか(逆にお芳から見限られたのかもしれませんが)、慶喜の傍に彼女の姿はなかったようです。

 お芳が慶喜のもとを去った理由は定かではありません。また、彼女のその後の人生についても、詳しいことはわかっていません。そういう背景もあって、2018年の大河ドラマ『西郷どん』では、「薩摩から身売りされ、品川遊郭で働いていた女性」という設定にプロフィールが書き換えられ、名前も「お芳」ではなく「ふき」という役名で登場していたようですね。

 慶喜の父・徳川斉昭は京都の女性が(女性も?)好きだったようですが、慶喜は江戸っ子の女性が好みで、美賀君など京都の女性は少なくとも熱愛の対象ではなかった、ともいわれます。

 静岡時代、一色須賀と新村信は「二人仲良く十二人ずつ」(『聞き書き徳川慶喜残照』朝日新聞社)、慶喜の子供を妊娠・出産したそうです(夭逝、死産なども含んだ数)。側室の主な仕事としては、慶喜の入浴に従って背中を流す日と、彼に添い寝する日が各日で回ってきていたようですね。

 美賀君はこの2人の側室たちと同居させられていました。美賀君はかつて慶喜との間に4人の子を授かったものの、いずれも幼いうちに亡くなるか、死産してしまっています。しかし、側室たちは健やかに慶喜の子を授かり続けました。

 静岡時代の慶喜の屋敷では、側室たちが生んだすべての子供の母親は美賀君だとされていました。一方、子供たちの実母である側室たちの身分は使用人にとどまり、実の子供たちからも名前を呼び捨てにされていました。

 美賀君は一体、どんな気持ちで過ごしていたことでしょうか。

 晩年の美賀君を知る人たちは、彼女に「上品な女性」であるという印象しか持たなかったようです。それは、嫉妬に狂って自殺未遂を起こすような女性の面影がすでに彼女から消え去っていたことを意味します。逆に、彼女の人生がどれだけつらいものであったことかと考えずにはいられません。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:44
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