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『青天を衝け』で注目したい岩倉具視 「錦の御旗」の“デザイン問題”と「ええじゃないか」扇動疑惑

「ええじゃないか」騒動で倒幕活動を有利に進めた岩倉具視

『青天を衝け』で注目したい岩倉具視 「錦の御旗」の“デザイン問題”と「ええじゃないか」扇動疑惑の画像2
岩倉具視(「近世名士写真 其1」より)

 「ええじゃないか」については授業などで、日本各地で伊勢神宮などの御札が天から降り注ぎ、その慶事を祝った民衆が踊り狂うようになった騒動だと習った記憶がある方が多いでしょう。実際に「ええじゃないか」は日本各地で流行はしましたが、実は地域によって流行のあり方がかなり異なっています。

 最近の研究では、「ええじゃないか」の発端は、1867年(慶応3年)7月、現在の愛知県・豊橋あたりで起こった騒動だったといわれます。しかしこの時、民衆たちは「ええじゃないか」などとは言わず、ハデな衣装をまとって踊り狂いもしていませんでした。

 この時、流行していたのは「おかげ」というものでした。地域の裕福な商家や有力者の家の壁に“降ってきた”伊勢神宮などの神社の御札は、実際には民衆の手で差し込まれ、それを「慶事だ!」「あなたが人格者なのを神様が認めたのです」などと偽ることで、気を良くした金持ちから接待を受けられることを目指すという怪しい運動が愛知あたりで生じていたのです。

 当時の日本の上層部は幕府派と倒幕派に二分され、きな臭い政争を繰り広げる一方、放置された庶民たちの不安と不満は高まる一方でした。前年から続く天候不順と凶作で生活の基盤自体が怪しくなってもいました。そのストレスを、金持ちに酒食を「たかる」ことで晴らそうとしたのが「おかげ」の本質です。

 “御札が降ってくる現象「御札降り」に遭遇できるのは徳の高い人である”という信仰は日本各地に江戸時代以前から存在しており、そういう現象に出くわすと、商家でも1週間ほど祭事にかかりきりになり、商いを休みます。明治以前の日本には曜日の概念がなく、また病気にならないかぎり、盆暮れ正月以外にまとまった休日は存在しませんでした。つまり「御札降り」が起きれば、その商家の使用人たちは有給休暇がもらえるし、祝いのごちそうを食べられるなど、非日常的な楽しみを経験することができたのです。

 愛知の「おかげ」は、こうした「御札降り」の伝統を意図的に“悪用”したものだったのですが、その流行は、京都においてどういうわけか、大きな変質を見せました。

 京都の民衆たちは「御札が降ってきたらしい」という都市伝説を再現するべく、手作りの御札をまき散らし、「ええじゃないか」と奇妙な掛け声を発しながら、踊り狂い始めました。当然、仕事は勝手に放棄しています。あまりの騒動の大きさに都市機能も停止するほどでした。しかし、金持ちの家を襲うなどの略奪行為や、強姦事件などは(少なくとも目に余る規模では)起こらず、表向きは宗教上の慶事を祝福している「だけ」なので、幕府側は積極的に鎮圧に乗り出せません。そもそも「ええじゃないか」が激しくなる地域は、幕府権力による統制がゆるい地域ばかりだったともいえます。

 現代日本でも、オリンピックの開催がきっかけとなってか、何回目かの非常事態宣言にもかかわらず、会場周辺に大量の人々が集まったり、路上飲食が激しくなったり、浮ついた空気に歯止めが効かなくなってきた感があります。こういう空気に近いものが、幕末の「ええじゃないか」においても流れていたのだろう、と筆者には思われてしまうのです。

 「ええじゃないか」に民衆たちが興じているうちに、徳川慶喜による「大政奉還」は発表され、「王政復古」も行われました。朝廷の伝統であった摂政関白制の廃止も、天皇の主権をゆるがしかねないという岩倉の独断によって、その摂政本人を御所から締め出す形で断行されました。

 岩倉具視は、自身の日記『岩倉公実記』の中で、「ヨイジャナイカ、エイジャナイカ、エイジャーナカト」いう奇妙な掛け声を発しながら、「神符」をばらまき、乱痴気騒ぎに興じる京都の人々の姿を記しています。そして、この「ええじゃないか」と踊り狂う民衆に紛れることで幕府の密偵の目を逃れ、自分たちの倒幕活動を有利に進めることができたとしているのです。

 「おかげ」が京都にまで拡大し、「ええじゃないか」として流行した背景には、社会的不安が大きくあったのでしょうが、仮にこの流行の裏に何者かの意図もあったのだとすれば、そこまでの凝った人民の誘導を行えたのは抜群に頭が切れた岩倉具視くらいではないか……などと考えてしまうのです。

 興味深いことに岩倉は、王政復古の実現によって「ええじゃないか」は終息した、という虚偽を日記に書きつけました。実際にはそんなことはなく、「ええじゃないか」、あるいはそれ風の掛け声を発して踊り狂う人々の流行は廃れるどころか、京都から京阪神全体へ、さらに関西以西の地域にも飛び火。その翌年になっても流行は終わらず、都市機能の麻痺も続きました。この影に隠れて暗殺も横行するようになり、坂本龍馬などが殺されてしまっています。

 「王政復古の実現のために奔走する岩倉を守るように神が『ええじゃないか』を引き起こした」「王政復古の大願成就と共に民衆も沈静化した」という岩倉が考えていただろう「理想のストーリー」どおりに進めばよかったのでしょうが、まったくそうはならなかったのです。社会不安は深まりました。

 岩倉が「ええじゃないか」に強い関心を示していたことはわかりますが、それ以上の関与の可能性は記録上はわかっていません。明治になってから大隈重信などが、岩倉の「ええじゃないか」煽動疑惑を突きつけましたが、権力者に成り上がっていた岩倉はそれをかわしています。しかし、岩倉の日記の文面やその行間からは、民衆コントロールに失敗した事実を認めるのがイヤで、「ええじゃないか」についての自身の関与も認めようとしなかった……そんな“ストーリー”が読めてしまって仕方がないのです。

 いずれにせよ、「偉い人」が何か「大きなこと」をしようと考えている時、民衆の興味を引きつける何かが「目隠し」代わりに与えられるのは常套手段です。現代に生きる我々も警戒しなくてはならないかもしれませんね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 11:43
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