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グラミー賞は政治とカネ、それでも夢がある――ある日本人ソウル・シンガーの挑戦

グラミー賞にノミネートされるとツアーのオファーが激増する

――確かにアーティストのメーリングリストに登録していると、グラミーなんて全然関係ないただのファン宛にもFor Your Considerationって来ます(笑)。無作為に送ってるんでしょうね。

山内 そうそう、まさにそうです。Naoはスクリーニングで落とされずに“ノミネートのノミネート”になっていて、そんな日本人シンガーはほぼいないんですよ。

 Naoは、BillboardのUAC(Urban Adult Contemporary)チャートっていう、ラジオのエアプレイチャートでは最高32位までいってるんですが、R&B系のラジオって、ラジオの人たちがR&Bだと認めないと、そもそもオンエアしてもらえないんですよね。このジャンルにおいてラジオはめちゃくちゃでかいんですよ、アフリカンアメリカンの90%が音楽をラジオで取得するって言われてて、ラジオの文化ってすごい根強い。ラジオ含めて、グラミーの上層部の人からは、「君たちの場合、音楽は本当にいいから、あとはマーケティングだけ。マーケティングを頑張りなさい」って言われることが多いんです(笑)。


UACチャートで最高32位を記録した“I Love When”(2016年『The Truth』収録)のパフォーマンス映像。楽曲のプロデューサーはアリシア・キーズなどを手がけたことで知られるミュージックマン・タイ

――マーケティングが課題だと。やはりデジタルマーケティングが重要になってくるのでしょうか。

山内 そうですね。昨今の分析ツールは、どんなデモグラ(デモグラフィック:性別、年齢、居住地域などの人口統計学的属性)で、どのようなブランドが好きかまで分析できる、音楽業界に特化したものがあります。Spotifyもアーティスト用の専用画面が用意されていて、どの都市でどのぐらい再生してるかっていうのがわかるので、“ツアーでここ行けるね”って話ができますし、ライブに来てもらってファンになるまでのコミュニケーションも、どうしてもデジタルなんですよね。だからそれをやっぱりやっていかなきゃなっていう。最大の強みは見える化ですね。ラジオで聞いてる人は見えないけど、インスタに来てメッセージくれたりとかいいねしたら、もうリスト作れるじゃないですか。

 今年のグラミーに関しては、僕たちは(コロナ禍で)アメリカに行けてないんで、マーケティングできてないというのがやはり大きくて。ただ、今後バンバン向こうに行けるかっていうとそれも難しい部分もあるので、行けなくても獲れる方法を今、模索しています。それが多分デジタルだったりとか、そういうことかなとは思っていて。テクノロジーに頼ってどういうふうに露出していくかっていうのをすごく考えてます。

――「Soul Tracks」というインディ・ソウル系の音楽メディアによる「Soul Tracks Awards」では、2015年に最優秀新人賞を受賞。今年は最優秀女性ボーカリスト賞にノミネートされてますが、Soul Tracksはグラミーにも影響力がある……みたいな話は本当なんでしょうか。

山内 あそこのメディアの人ってアーティストにすごい近いんで、影響力がソウル・R&Bにおいてはあるんですよね。だからあそこに広告出したりとか、そういうソウル系のメディアにちゃんとアプローチするっていうのは、ジャンル内で認知度を上げるという意味ではすごく効くイメージがあります。創業者のクリス・リジックは本当長くやってる人なんで、アーティストみんなと友だちだし、近い関係にあるんで、コネクションとかもあるんですよね。また、すごく良心的なんですよ。

グラミー賞は政治とカネ、それでも夢がある――ある日本人ソウル・シンガーの挑戦の画像3
写真/石田寛

――そもそもの話ですが、グラミー賞を目指すようになったきっかけは?

山内 キング*がグラミーノミネートされた時、彼女たちはツアーのオファーがすごい入っていったんですよ。「グラミーノミネートだから」っていうことでブッキング担当が動く様子を見た時に、Naoはやっぱりライブアーティストで、ツアーしたいんで、グラミー獲ったらこれツアーめちゃくちゃやりやすいじゃん!っていう。それで目指すようになったっていう経緯です。Naoのプロジェクトは、ただ単純に“一人のアーティストの収益どうこう”ということではなく、日本から世界にアーティストを輩出する取り組みとして始まったんです。日本ではなかなかそういうアーティストの成功事例がないので、同じ時代に活躍している海外のアーティストは常にウォッチしています。

*……KING。現在はWE ARE KINGと名乗っている姉妹デュオ(元はトリオ)。2011年にEP『The Story』を自主リリースすると高い評価を集め、後にプリンスからのサポートも受けた。デビューアルバム『We Are KING』は2017年の第59回グラミー賞にノミネートされている。コールドプレイ最新作『Music of the Spheres』への参加も話題。

 それと、最高峰を目指すっていうこと自体が大事かなと思っていて。日本人でノミネートされたのってジャズの狭間美保さんとか。上原ひろみさんとか喜多郎さんは受賞してますよね。ただ、シンガーで獲った人っていうのはいないじゃないですか。あとソウル・ミュージックって寿命長いんで。ソウル・シンガーって年を重ねれば重ねるごとにめちゃくちゃ味出るし、歌もよくなるんですよね。日本ってやっぱりアーティスト寿命がちょっと短いなと思ってて。でもNaoはどんどん成長してるし、まだまだ全然チャンスあるなと思っていて、長期的に狙うことを最近決めました。

 ただ、グラミーは人の作ったゲームなんで。NaoはNaoで、自分のブランドと音楽をしっかり続ける環境を作るってことが僕はベストで、その通過点としてグラミーがあればいいかな、と考えてます。

――最近アジア系のプレゼンスが高まってきている中で、グラミーも「BTSが受賞するかしないか」が話題になったりしていますが、そういう世の流れがある意味チャンスになると考えてますか?

山内 個人的な印象では、韓国は国策としてアメリカの文化に強い刷り込みを行っていると思っていて。Netflixのドラマとかでも「韓国人かっこいいぞ」っていう、そういう刷り込みが最近当たり前というか、もうここ10年そういったイメージ戦略やってるんですよ。その積み重ねの中でBTSがここまで来てるんで、「アジア」がどうというより、“韓国が成功してる”という印象ですね。

 アジア全体でいうと、僕が注目してるのはバイカルチュラル。大坂なおみしかり、H.E.R.*はフィリピン系、ジョイス・ライスも日系だし。そこら辺の子たちは多分、バイカルチュラル・アイコンとしてこれからリードを取っていく。

*……当初、正体を隠して登場したR&B界の新星。その音楽性は2016年のデビュー当初から高く評価され、2019年の第61回グラミー賞ではアルバム・オブ・ザ・イヤー、新人賞などを含む5部門でノミネートを受け、最優秀R&Bアルバム賞など2冠。2021年の第63回グラミー賞では“I Can’t Breathe”がソング・オブ・ザ・イヤーに輝いた。来年の第64回グラミー賞では8部門でノミネートされている。母親がフィリピン系アメリカ人。

 日本人とかアジア人を対象に音楽が開けていくかっていう兆しはなかなか……。可能性があるとしたら、グラミーという団体が、収益目標としてアジアマーケットを狙っていくっていうのはありますね。グラミーの偉い人に言われたのは、「日本ではグラミーの認知度ってどうなの?」って。お金になるかならないかっていう話です。グラミーって、インディ以外の部分は本当に政治とお金なんで。なかなかアジア人が切り込んでいくっていうのは、まだまだなんじゃないかな。ラテンはラテングラミーがあるんで、アジアングラミーみたいなのができればいいんじゃないかなって思いますけどね(笑)。

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