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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.667

「人生のエキストラ」で終わってもいいのか? 園子温監督作『エッシャー通りの赤いポスト』

現場でいちばん輝いている役者がカメラを独占できる

「人生のエキストラ」で終わってもいいのか? 園子温監督作『エッシャー通りの赤いポスト』の画像2=
小林監督(山岡竜弘)が面談するオーディションに奇人変人たちが集まった

「カメラはな、愛しているヤツに向けるんだよッ!」

 自殺した父親と1週間同じ部屋で過ごしていたことが発覚した安子に、ワイドショーのカメラが群がる。アパートの階段を降りてきた安子はカメラ目線で、そう言い放つ。不朽の名作『サンセット大通り』(50)のグロリア・スワンソンを思わせる1シーンだが、この台詞は園子温監督が書いた脚本にはなく、安子役の藤丸千がアドリブで口にしたものだった。長回しで撮られたこのシーンは、園監督から「カット」の声が掛からなかったため、藤丸は即興で演技を続けた。本人いわく「役になりきっていたので、自然と出てきた」台詞だそうだ。

 切子役の黒河内りくは園監督の作品を観ることなくオーディションに応募してきた、なかなかの強者だ。演技経験のなかった黒河内だが、「園さんの演出は、とても自由に伸び伸びとやらせてくれるものでした」と語っている。どこか憂いのある雰囲気は、『月光の囁き』(99)や『贅沢な骨』(01)などのミニシアター系映画で人気だった女優・つぐみを思わせるものがある。

 そんな藤丸や黒河内らが、この物語を動かしていく。無名の俳優たちが主演の座を奪い取る映画革命の始まりだ。他のオーディション参加者たちがこれに続き、フィクションとリアルとの壁が突き破られることになる。

 振り返ってみると、園子温作品の多くは「下克上」の世界だった。レンタル家族を題材にした秀作『紀子の食卓』(06)は吹石一恵が主演だが、物語後半から登場する妹役の新人・吉高由里子が圧倒的な存在感を見せ、実質的な主役の座を奪ってしまった。代表作『愛のむきだし』(09)はAAA・西島隆弘の主演作だが、クレジット上では2番手の満島ひかり、新興宗教団体の幹部役を怪演した安藤サクラのほうが強いインパクトを残している。ヒット作『冷たい熱帯魚』(11)は主人公役の吹越満よりも、連続殺人鬼を演じたでんでんが脚光を浴びることになった。

 園子温作品では、ちょっとでも気を緩めると、主演俳優は助演俳優に喰われてしまうことになる。撮影現場でいちばん輝いているヤツにカメラを向けるのが、園子温作品の流儀であり、そんな気が抜けない現場から数々の傑作が生まれてきた。

「人生に脇役はいない」

 これと同じことを言ったのは、実録ヤクザ映画『仁義なき戦い』(73)で知られる深作欣二監督だ。菅原文太、松方弘樹ら人気スターらが顔をそろえた「仁義なき戦い」シリーズだが、深作監督は、それまで殴られ役や殺される役を専門にしてきた「大部屋俳優」の川谷拓三、志賀勝らを「カメラの前に出ろ」「悪役の華を咲かせてみろ」と大いに煽った。

 深作監督に火を点けられ、川谷拓三はシリーズ第2作『仁義なき戦い 広島死闘篇』(73)で映画史に残る壮絶なリンチシーンを演じてみせ、第3作『仁義なき戦い 代理戦争』(73)では初めてポスターに名前が載ることになった。川谷拓三にとって、俳優人生で最もうれしかった瞬間だそうだ。葬式の際には、棺桶に『代理戦争』のポスターを入れてもらっている。そんな監督や俳優たちの狂気、撮影現場の熱気が「仁義なき戦い」を人気シリーズに押し上げた。

 傑作映画を生み出すのは理性や知性ではない。狂気や熱気こそが歴史に残る傑作を生み出し、実人生すらも動かすことになる。

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