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『ブラックボックス』旅客機墜落事故の謎を「音」だけで解くサスペンスの魅力

優秀で厳格すぎるあまり孤立していく主人公

『ブラックボックス』旅客機墜落事故の謎を「音」だけで解くサスペンスの魅力の画像2
C)2020 / WY Productions – 24 25 FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINEMA – PANACHE Productions

 本作のさらなる特徴は、主人公が音声分析官として優秀すぎる、というよりも過剰なまでに厳格で「細かく文句を言いすぎる」性格であることだろう。その「うるささ」のために上司や他部署からは疎まれることが序盤からつぶさに示されており、妻からも「いくら有能でも頑固だと嫌われるから、時には妥協しなきゃ」と提言されるほどなのだ。

 もちろん、その仕事におけるそうしたこだわりの強さや、些細なミスやほころびを許さないという姿勢は「正しい」。だが、そのせいで周りから疎まれ嫌われてしまうというのは、現実の社会で生きていれば「こういう人いるなあ」「自分もそういうところがあるかも」と、リアルに思えるものだろう。しかも、主人公は正しいだけでなく、はっきりと「やりすぎてしまう」危うさもあり、だからこそその動向をハラハラしながら追える面白さもあるし、同時に決定的なまでに孤立をしてしまう様に心から同情もできるようになっている。

 その主人公を演じたピエール・ニネが、佇まいや一挙一動から生真面目さが伝わると同時に、神経質すぎる人柄を体現していて素晴らしい。彼はBEA(フランス民間航空事故調査局)のメンバーにも長時間にわたって何百も質問をして、音声分析官というプロフェッショナルのキャラクターを作り上げた。さらにヤン・ゴズラン監督から映画『カンバセーション…盗聴…』(1974)を観るように言われたピエールは、ジーン・ハックマン演じるオーディオテープをしつこく聞く男からも大いにインスピレーションをもらえたのだそうだ。

 ちなみに主人公の妻を演じたルー・ドゥ・ラージュは、元々この役を演じる予定だった俳優が撮影の1週間前に降板してしまったための急な配役だったという。ゴズラン監督は彼女に観客に疑念を抱かせるような、謎めいた感じや不透明さがある、ヒッチコック映画のイメージを持たせたかったそうで、その意図を見事に組み上げたキャラクターを見事に体現していた。繊細な夫を支える理想的なキャリアウーマンでありながら、どこかファム・ファタール(男を破滅へと導く女性)のような危うさも併せ持つ、その役柄の妙にも期待してほしい。

今の民間航空の新たな問題を描く

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C)2020 / WY Productions – 24 25 FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINEMA – PANACHE Productions

 本作の企画が誕生したきっかけについてヤン・ゴズラン監督は、「航空機メーカー、航空会社、パイロットなど様々な関係者の間に巨大な経済的利害があるこの業界が、創造的で魅力的な映画の舞台になると思った」と語っている。そのリアリティの追求にも余念はなく、航空機の調査員やパイロットやエンジニアに会ってリサーチを重ねたゴズラン監督は、過去に実際に起きた事故を再現するのではなく、「今の民間航空の新たな問題」について描こうと決意したという。

 その具体的な問題の1つが、AI を活用した自動操縦による危険性だ。ゴズラン監督はその理由を、「人間と機械のせめぎ合いや、僕らの生活がいかに技術に支配されているかという、航空業界の枠を越えて、あらゆる業界の問題にもつながる」と説明している。事実、2019年春にゴズラン監督が脚本の仕上げに入った頃、大多数の国がパイロットの操縦よりも失速防止ソフトウェアが優先された、パイロットアシスタンス・システムを搭載するボーイング737マックスの飛行を禁止した。そのシステムがわずか6か月足らずの間に、インドネシア、次いでエチオピアで墜落事故が起きた原因だと判明したのだ。このことについて「現実が僕たちに追いついてしまった」とゴズラン監督は指摘している。

 しかも本作は、「航空機業界の闇を暴く」内容でもあるのにも関わらず、映画史上初となる、 国家機関であるBEA(フランス民間航空事故調査局)が全面協力をした作品でもある。業務、仕事の進め方、生活のリズムなど、ありとあらゆる情報が提供され、主要キャストに細部まで現場の見学もさせた。撮影中にも「この台詞は信憑性があるか」「こういう場面では実際には何と言うか」など、あらゆる質問に応答するコンサルタントも行ったという。

 劇中に登場するメーカーや会社はすべてフィクションではあるが、物語の核には現実に即したテクノロジーがあり、航空機の安全性に対する懸念や、その課題を描いていることも本作の美点だろう。同時に「厳格すぎるがあまり周りから孤立してしまうが、それでも人生をかけて真相を追い求める」主人公の行動の(危うさも含んではいるものの)尊さは、どんな仕事に携わる者でも他人事ではないはずだ。ぜひ、前述したように映画館の「音」を聴き入ることができる環境で、その圧倒的なリアリティも含めて堪能してほしい。

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C)2020 / WY Productions – 24 25 FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINEMA – PANACHE Productions

『ブラックボックス:音声分析捜査』
1月21日(金)TOHO シネマズ シャンテ 他 全国公開
2021年/フランス/フランス語/129 分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/
原題:BOÎTE NOIRE/G/字幕翻訳:橋本裕充 提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
出演:ピエール・ニネ、ルー・ドゥ・ラージュ、アンドレ・デュソリエ
監督 : ヤン・ゴズラン『パーフェクトマン 完全犯罪』
C)2020 / WY Productions – 24 25 FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINEMA – PANACHE Productions

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2022/01/22 08:00
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