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『家つい』自宅は不潔だが、心は高潔なプロボクサー「僕の中では正解です」

「ボクシングを復讐に使ったら、そいつらと同じ人間になる。それだけは嫌だ」

 夜の中野駅でスタッフが声をかけたのは、28歳の青年。職業はプロボクサーだそう。「家、ついて行ってイイですか?」と尋ねると、「いいですけど、今、うちの電気止まってるんです」という驚愕の回答が……。やはり、ボクシングで食べていけるのは一握りということ?

「最近、電気代を支払い忘れちゃって、1~2カ月くらい電気止まってるんです。でも、苦じゃないんですよ。『(電気なしで)いける!』と(笑)」

 そんなバカな……。どんな暮らしぶりなのだろうか? というわけで、男性の自宅前に到着した。アパートのオーナーは彼の知人で、家賃は4万5,000円という破格だ。

 入室する直前、男性はスタッフに「今、ムチャクチャ散らかってるんです」と自己申告した。玄関を開けると、本当に散らかっているのだ。思ってた以上に汚い。見た目は好青年なのに、物凄いギャップ! しかも、帰宅後すぐにトイレの栓をひねり、「トイレを流してなかった」と異常な告白をする始末である。いや、せめてトイレは流して……。

 6畳の部屋に入ると、当然ながら真っ暗だ。この状況でどんな生活を送っているかというと、キャンプ用ライトのわずかな光を頼りにしているらしい。ボクサーは目が命なのに、視力が悪くなってもいいのだろうか?

 浴室へ行くと、空の湯船の中になぜかお鍋が置いてあった。

「これはシャワーです。お湯は出ないけど水は出るので、ガスコンロでお湯を沸かし、溜めたお湯を鍋ですくってシャンプーします」
――ガスも止まってるんですか?
「ガスは元からつけてないんです。10年前から1人暮らししてるんですけど、ガスは1回もつけたことがないです。カセットコンロかキャンプ用のアルコールで(お湯を沸かす)」

 いや、素直にガス代を払ったほうが安くなると思うのだけど……。ガスコンロを使ったほうが、逆に割高のはずだ。不思議な人である。

 惨憺たるアパート内で最も汚かったのは、台所だった。シンクはサビとカビだらけだし、パッと見は完全に廃墟。キッチンと呼ぶのもはばかられるレベルである。「台所ってここまで汚くなるのか?」と、筆者はちょっとドン引きしている。

 しかも、ここで彼は料理し始めたのだ。つまり、水道料金だけは払っているらしい。本気になれば、人は水道だけで生きていけるということ。極薄の壁掛けテレビに100万円を払った美容男子の後に、ガス&電気がないプロボクサーを紹介する『家つい』の構成がエグ過ぎである。

 そんなこんなで、男性の手料理は完成した。野菜たっぷりの鍋にチキンラーメンの麺を放り込み、煮込んでできあがった特製ラーメンは、不思議と美味そうなのだ。ただ、タンパク質は皆無だし、炭水化物まみれだし、プロボクサーなのにこの食生活はいいのか……?

 試しに服を脱いでもらうと、なんだかんだいいカラダだった。やはり、ボクサーである。彼の今までの戦績は19戦10勝7敗2分け。ボクシングを始めたのは高2の頃からで、卒業後すぐにプロになったらしい。

――こういう生活をしていて彼女はいるんですか?
「10年いないです」
――だって、この家には女性呼べないですよね。
「そうですね(苦笑)」

 スタッフが辛辣過ぎて笑う。そりゃあこんな部屋じゃモテないだろうし、この汚部屋に住んでいたらお金だって貯まらないだろう。

「ここは暗いですけど、明るく生きてます(笑)。人としては明るく生きていこうと思って。今まで、暗い人生歩んできたんで」

 ん? どういうことか?

「ボクサーになったきっかけは、僕、もともとメチャクチャいじめられっ子なんです。高校時代はバスケ部だったんですけど、先輩たちから毎日殴る蹴るされるのは当たり前で」

 いじめの経験からボクシングを始めた者は多い。内藤大助、マイク・タイソン、大場政夫、『はじめの一歩』の幕之内一歩もそうだ。

「髪は先輩が持ってるバリカンで剃られて、ツルツルにさせられるみたいな。で、眉毛も剃られて。僕、中指が折れてるんです。今でもまっすぐはこの状態(伸び切っていない)です。先輩が僕の指を床に置いて、それをムチャクチャ踏むんです」

 いじめというより、それは傷害事件である。今もまだ、時効にさえなっていないはずだ。いじめられたきっかけは、ふざけて肩パン(肩にパンチ)されたときの反応が先輩たちにウケてしまったこと。以降、会うたびに肩パンされるようになり、徐々にエスカレートしていった。

「『人生ってなんなんだろう』っていっぱいいっぱいになっちゃって、僕」

 その頃、たまたま会った友人が男性の異変に気付いた。髪がなく、傷だらけで、顔色の悪い彼の身を案じた友人は、「そのバスケ部は辞めたほうがいい」とアドバイスした。さらに、「アルバイトでもしたほうがいい」という友人の助言を受け、男性はスーパーでアルバイトを始めた。そのスーパーではプロボクサーもアルバイトしていたそうだ。

「その人の試合を観にいって。ボクサーって、打たれても打たれても絶対前に行くんです。みんな強いんですよ。自分はいじめられて殴られて泣いてばかり、落ち込んでばかりだったけど、『自分もこうなりたい』と思ったんです。それで、ボクシングジムに入りました」
――実際、ボクシングを始めてどうでしたか?
「人生はだいぶ変わりましたね。いじめられるときに殴られるのと、ボクシングで殴られるのは、痛みが全然違うんです。一方的に殴られるわけじゃないので。ボクシングで殴られたときは、『あー、殴られちゃった。もう1回、殴り返さなきゃ!』って思えるんです。メチャクチャ楽しいですね」

 その後、バスケ部の先輩たちと関係はどうなったのだろう?

「ぶっちゃけ、復讐も考えてたんです。強くなって、いつかやり返してやろうって。だけど、ボクシングをやってたら先輩より強い人と闘うじゃないですか。先輩よりも僕のほうが強くなるじゃないですか。それなのにバスケ部の先輩を僕が殴ったら、そいつらと同じ人間になっちゃう。それだけは、絶対嫌だなと思って。それでプロになりました」

 いじめられっ子が復讐のために格闘技を習い、復讐しないくらいに心身が強くなったケースをたまに聞く。彼もそうなったのだ。いじめられてできた悔しさを復讐にではなく、自己実現のエネルギーに変えた。

「もっと強いボクサーと闘ったり、自分が強くなったほうが人生は面白いなと思って。僕はそいつらを許してはいないですけど、(復讐しなかったことが)僕の中では正解です」

 現実の世界で生まれた『はじめの一歩』みたいだ。彼は仕返ししなくてよかったと思う。部屋は不潔でも、仕返しを選ばなかった高潔さは見事だ。

寺西ジャジューカ(芸能・テレビウォッチャー)

1978年生まれ。得意分野は、芸能、音楽、格闘技、(昔の)プロレス系。『証言UWF』(宝島社)に執筆。

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最終更新:2022/05/25 22:07
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