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中絶にまつわる出来事を擬似体験できる、男性こそ観るべき傑作映画『あのこと』

中絶にまつわる出来事を擬似体験できる、男性こそ観るべき傑作映画『あのこと』の画像1
C)2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINEMA – WILD BUNCH – SRAB FILM

 12月2日よりフランス映画『あのこと』が公開されている。本作は第78回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞し、映画レビューサイトRottenTomatoesでは脅威の批評家満足度99%を記録するなど、極めて高い評価を得ている。

 実際の本編は、良い意味で二度と観たくない、でも、だからこそひとりでも多くの人に観てほしいと願える傑作だった。そして、(後述する理由で)男性こそ得るものが多い内容ではないだろうか。

極めて限られていた選択肢

 端的に内容を記せば「法律で中絶が禁止されていた1960年代のフランスで、妊娠した大学生があらゆる手段を使って中絶を試みる」というものだ。

 主人公の選択肢は、極めて限られている。彼女は労働者階級の貧しい両親のもとに生まれ、持ち前の知性とたゆまぬ努力で大学へと進学したものの、大切な試験を前に妊娠が発覚してしまうのだから。「なんとかしてほしい」と医師に訴えても、「違法行為に荷担したら私も君も刑務所行きだ」と拒絶されるのだ。

 未来を手にするためには学業を中断することなどあり得ない、だが妊娠を誰かに相談することもできない。日に日にお腹は大きくなっていき、不安と恐れに押しつぶされそうになる。いたずらに時間は過ぎていくし、勉強も手につかず成績が落ちてしまう。では、彼女は悩んだ末にどうするか……。「自分のこの手で決着をつけるしかない」と、思い切った行動に出てしまうのである。

 何よりも苦しいのは、「直接的には見せない」が「物理的な痛みがこれでもかと伝わってくる」ことだ。中絶をするための「その行為」が、主演のアナマリア・ヴァルトロメイの熱演と、後述するカメラワークと、実行までの「長い時間」を持って示し、まさに「擬似体験」をさせてくれるため、良い意味で観ながら身悶えするほどに苦しかった。

 だからこそ、本作はぜひ劇場で目撃していただきたい。もしも、同シーンを家のモニターで観ていたら、辛すぎてその場を離れたり、早送りをしてしまったかもしれない。だが、それでは本作の意義を大きく損なってしまう。当時の(あるいは今でもある)女性の痛みを思い知るということは、とてつもなく意義のあることであるのは間違いない。だからこそ、それを現実では知ることが絶対にできない、男性にこそ観てほしいのだ。

観ている者の主観がバグるほどのカメラワーク

中絶にまつわる出来事を擬似体験できる、男性こそ観るべき傑作映画『あのこと』の画像2
C)2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINEMA – WILD BUNCH – SRAB FILM

 本作の公式サイトにある触れ込みでは「全編アンヌ(主人公)の目線で描かれる本作は、特別なカメラワークもあり、観ている者の主観がバグるほどの没入感をもたらし、溺れるほどの臨場感であなたを襲う」とある。この言葉はまったく大げさではない。カメラは多くの場面で主人公の顔の近くにあり、観客が「ほぼ同じ目線」で作品内世界を観ているような、奇妙な感覚を得られるようになっているのだから。

 例えば、劇中では中絶のために一般的な医療の道を離れ、陽の当たらない脇道(=違法行為)へと移動していくという場面がある。鍵のかかったドアの向こう、転じて「ここまで行けばもう元には戻れない場所」にまで来てしまった彼女の恐怖、あるいは覚悟を、全く同じ視点かつリアルタイムで同調できるようになっていた。

 オードレイ・ディヴァン監督には「カメラはアンヌ自身になるべきで、アンヌを見ている存在であってはならない」という信条があった。もちろん、そのカメラワークを作り出すのは、決して簡単なことではない。撮影監督のロラン・タニーと主演のアナマリアと監督の3人は共に何度もリハーサルを行ったのはもちろん、カメラとアナマリアの動きが一致する共通のリズムを見出すまで、繰り返し一緒に移動していたのだという。

 さらには音の演出もこだわり抜かれており、主人公が我慢するたびに、息を止めたり、息切れしたりするといった「息遣い」もリアリズムと没入観に大きく寄与している。視覚だけでなく聴覚も刺激してこその、やはり「観る」ではない、もはや「擬似」という言葉をつけなくてもいいほどの、「体験」をさせてくれる作品なのだ。

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