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社会がみえる映画レビュー#24

『イビルアイ』の良い意味で意地が悪い、おばあちゃんが怖い系ホラー映画の魅力

『イビルアイ』の良い意味で意地が悪い、おばあちゃんが怖い系ホラー映画の魅力の画像1
C) FILM TANK, CINEPOLIS, CINEMA MAQUINA All Rights Reserved.

 メキシコのホラー映画『イビルアイ』が7月27日より公開中。本作は“定番”と言える恐ろしさがありながら、後述する監督の作家性を生かしたツイストの効いた展開も大きな見どころとなっていた。その魅力を記していこう。

ホラーとして定番の“型”がある

 都会に住む13歳の少女ナラは、奇妙な病気にかかった妹の療養のため、家族とともに田舎の祖母の家へとやってくる。威圧的な態度でいる年老いた祖母に不快感を覚えるナラは、とある恐ろしい昔話を耳にするのだが……。

 幼いきょうだいが祖母へ「恐ろしい存在なのではないか」と疑惑を深めていく様はM・ナイト・シャマラン監督の『ヴィジット』を連想させる。しかも、両親は祖母のことを信頼し切っていて、娘の主張を聞き入れないどころか娘2人を置いて行ってしまうし、妹の容体は悪くなる一方で、親切で普通の人に思えていた家政婦のカップルにもとある悲劇が起きてしまう。

 そのようにして、「もう誰も信用できない」「自分(たち)でなんとかするしかない」状況に追い込まれるのは、やはりホラー映画の定番。本作は子どもが主人公であるからこそ、状況はより切実だ。そんなジュブナイルホラー、もっと限定的に言えば「おばあちゃんが怖い系ホラー」として、わかりやすい“型”がある内容なのだ。

 また、劇中の表向きには子どもを怖がらせるためのおとぎ話が、その土地に根付く異常な価値観を浮かび上がらせていくという、「土着信仰ホラー」としての型も備えている。さらに、公式に「セレモニー・スリラー」とも銘打たれており、まさに“儀式”が行われるシーンで『ミッドサマー』も思い出す方もいるだろう。

過去の3つの監督作からわかる作家性

 そんなふうに『イビルアイ』の中盤までは定番的なホラー映画とも思えるのだが、その後はさらなる気味の悪い方向へと物語がずんずんと進んでいき、クライマックスからラストにかけてはとんでもなく衝撃的な出来事が起こる。もちろん詳細はここでは伏せておくが、これが実に「この監督らしい」ものであり、これまでの作品群を振り返ると「なるほど、そうきたか!」と思えるものだった。

 何しろ、アイザック・エスバン監督を“鬼才”たらしめたのは長編初監督作『パラドクス』。非常階段の一番下まで降りたはずなのに、なぜか一番上から降りてくる……というループに3人の男が閉じ込められるというあらすじで、それ以外のことはぜひ知らずに観ることをおすすめする。明かされる真相は難解に思われるかもしれないが、わかったらわかったで「なんてひどいことを考えるんだ」と良い意味でゲッソリできるだろう。なお、このシチュエーションは『チェンソーマン』でオマージュされている。

 長編第2作となる『ダークレイン』は、バスステーションに居合わせた8人の男女が、謎の“感染”に怯え翻弄され続けるという内容。モノクロームの画が不気味さを加速させ続け、何より“症状”が良い意味で気持ちが悪すぎる。オチはやや力技というか納得できない人の方が多いだろうし、個人的にも引っ張りすぎに感じてしまったため、正直あまりおすすめできないが、エスバン監督の作家性がもっとも濃く表れた作品として重要だろう。

 長編第3作かつ初の英語音声映画となった『パラレル 多次元世界』は、シェアハウスに住む4人の男女が、屋根裏部屋で「時間の進みが遅いパラレルワールドへ行ける鏡」を見つける青春SFサスペンス。まるで『ドラえもん のび太と鉄人兵団』の鏡の世界と、『ドラゴンボール』の精神と時の部屋をミックスしたような設定で、その“法則”を検証するワクワク、その後に欲望を暴走させていく人間の“業”も大いに感じられる内容だった。エスバン監督作の中ではもっとも万人向けと言えるが、ラスト近くにかなりグロテスクなシーンがあるのでご注意を。

 そんなわけで、エスバン監督は超現実的なアイデアによる、限定的なシチュエーションや人間同士の争いを描き続けた作家なのだ。『トワイライトゾーン』や『世にも奇妙な物語』を思い浮かべる方もいるだろうし、個人的には謎を論理的に解明し立ち向かうことなどから『ジョジョの奇妙な冒険』も連想させられた。

 そういう意味ではわかりやすいエンターテインメント性をしっかり打ち出してもいるのだが、それぞれ終盤で「なんともまあひどいことを思いつくものだ」と良い意味で意地の悪さにも感心してしまう、世界の残酷さやはっきりと示すかのようなトリッキーで気味の悪い展開を仕込んでいる。この“ひねくれている”ことにエスバン監督の作家性をはっきりと感じるし、『イビルアイ』のクライマックスはその集大成でもあると思えたのだ。

デル・トロ監督から影響を受け、『ジョーズ』を目指した

 そんな独特の作家性を持つエスバン監督だが、今回の『イビルアイ』は『デビルズ・バックボーン』と『パンズ・ラビリンス』からインスピレーションを受けているとも明言している。なるほど、少女(または少年や純粋な存在)が主人公であることや、切なく苦しいシチュエーション、(現代劇ながら)どこかゴシックホラーのテイストを感じられることなどから、ギレルモ・デル・トロ監督作の影響も確かに感じるのだ。

 さらに、エスバン監督は「『ジョーズ』の水中の世界を、祖母という題材で表現したかった」とも語っている。その心は、「かつて『ジョーズ』を観てサメの恐怖で海に入らなくなった人が多かったように、『イビルアイ』のせいで孫が訪ねてこなくなったと悲しむ祖母がどれほど現れるでしょうね」というもの。もちろん冗談混じりで言っているのだろうが、それも含めてなんとまあ意地が悪くてひねくれている監督なのかと、改めてため息混じりで称賛するしかない。

『イビルアイ』の良い意味で意地が悪い、おばあちゃんが怖い系ホラー映画の魅力の画像2
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『イビルアイ』
2023年7月28日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督・脚本:アイザック・エスバン『パラドクス』『ダークレイン』
出演:オフェリア・メディーナ、パオラ・ミゲル、サマンサ・カスティージョ
出演:チョン・イル、ラ・ミラン、キム・スルギ、ペク・ヒョンジン、ソ・イス、パク・ダオン
配給:AMGエンタテインメント
2022年/メキシコ/スペイン語5.1ch/100分/英題:Evil Eye/字幕翻訳:浦田貴美枝
C) FILM TANK, CINEPOLIS, CINEMA MAQUINA All Rights Reserved.

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/08/14 13:00
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