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『ザ・エレクトリカルパレーズ』はアキラでありゴドーである──ニューヨークがたどり着いたお笑いの果ての“ドキュメンタリー”

『ザ・エレクトリカルパレーズ』はアキラでありゴドーである──ニューヨークがたどり着いたお笑いの果てのドキュメンタリーの画像1

──お笑いコンビ・ニューヨークのYouTubeチャンネルで公開された映画『ザ・エレクトリカルパレーズ』が話題だ。東京03・飯塚悟志や、テレビプロデューサー佐久間宣行なども本作に言及し、じわじわと波紋が広がりつつある。ここでは、ライター・コラムニストの稲田豊史氏が『エレパレ』の持つドキュメンタリー映画としての強度について評論する。

Netflix世界配信レベル

 映画レビューを売文するという商売柄もあって、毎年年の瀬には1年間の映画ベスト10を個人的に決めている。2020年末、その「特別賞」として選出したのが、『ザ・エレクトリカルパレーズ』だった。とはいえ、映画館で上映していないYouTube発のドキュメンタリーだから別枠としただけで、本作を「映画」として扱っていいなら、普通にベスト10入りである。Netflixで世界配信できるレベルの出来栄えだと断言してもいい。

 日本には「お笑い」という、世界でも稀に見る規模の芸能ジャンルがあり、その中には吉本興業という巨大なお笑い芸能プロダクションがあり、同社はNSC(吉本総合芸能学院)という芸人を育てる養成所を運営している。そのNSC東京校に2011年、「17期生」として入学した500~600人ほどの生徒のなかに、「ザ・エレクトリカルパレーズ」(以下エレパレ)という10数名ほどの男性集団が存在していた。

 本作は、「M-1グランプリ」決勝に2度の出場経験があるNSC東京校15期生の漫才コンビ・ニューヨークのふたりと監督の奥田泰が、エレパレとはいかなる集団だったかを、後輩である同17期生たちへのインタビューを通じて明らかにしようとするドキュメンタリーだ。

 「日本の、芸能界の、吉本興行の、養成所の、東京校の、17期生」という、極めてドメスティックかつ内輪感極まりない題材。しかも登場する17期生に至っては、年1で「M-1グランプリ」と「キングオブコント」を見る程度の一般人からすれば、いいとこ1組か2組(あるいは2、3人)しか名前を聞いたことがない面々だ。

 しかし、本作のおもしろさは、お笑いリテラシーやお笑いコンテクスト理解度の高低に、ほとんど依存しない。ドキュメンタリーという映像ジャンルに興味がありさえすれば、お笑いに一切興味がなくても、最後まで食い入るように見通せるだけの強度がある。

 しかも本作は、ワンカメラ・インタビューのみの構成で128分の長尺というかなり強気な作りだが、その緊張感は一瞬たりとも緩まない。自宅でのパソコン視聴にもかかわらず、スマホをチラ見する暇すら与えてくれないのだ。

『ゆきゆきて、神軍』であり、『藪の中』である

『ザ・エレクトリカルパレーズ』はアキラでありゴドーである──ニューヨークがたどり着いたお笑いの果てのドキュメンタリーの画像2
「エレパレになるのは選ばれし人間」だと語る空気階段の鈴木もぐら(写真提供 ニューヨーク Official Channel/OmO)

 本作はまず、エレパレとは無関係の17期生に対する聞き取りから幕を開ける。彼らはエレパレを、同期生の女性に手を出すセックスサークルのようなもの、群れていきがるイタい奴らだったなどと、軽蔑目線で説明する。

 ところが、エレパレ元メンバーらに話を聞き始めると、少し様相が変わってくる。エレパレという集団の、意外な側面が顔を見せ始めるのだ。

 さらに、ある証言からエレパレに深く関係するキーマンの存在が浮上してくる。だが、その“彼”に関しては不可解なことが多い。“彼”について質問しても、エレパレ元メンバーからは歯切れの悪い答えが、ほかの17期生からは混乱気味の反応が返ってくるばかり。

 “彼”には何か“意図”があったのか? さまざまな推測が飛び交うなか、17期生たち各人各様の証言が重ねられ、ついに張本人の“彼”がカメラの前に登場する──。

 取材者が、取材開始時点では意図しなかった意外な“真実”に、期せずして到達してしまう。あるいは、追跡する対象に視聴者の抱く印象が、観始めと観終わりで大きく変化する。これは良質な社会派ドキュメンタリーの特徴だ。本作はそれを両方とも備えている。

 めくるめく展開がもたらす興奮度をたとえるなら、戦時中の部下殺害事件の真相に迫る元兵士・奥崎謙三の姿を追ったカルト的ドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』。あるいは、状況を二転三転させて読者を翻弄するアガサ・クリスティのミステリー小説。“真実”に至るまでの薄皮を、一枚一枚着実にはがしてゆくダイナミズム。その圧倒的な「展開力」には舌を巻く。

 17期生それぞれの証言が微妙に食い違うことが、“真実”に対する観客の興味をとことん煽る。芥川龍之介の『藪の中』か、はたまたシドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』か。

 しかも、証言者は全員、芸人か元芸人であり、言わば話術のプロだ。あえて何かを言っていないのかもしれない。芸人一流のフェイクとして、トークを「盛って」いるのかもしれない。そういった可能性も含めて、本作はドキュメンタリーでありながら、巧妙なミステリーなのだ。

 それゆえ、クリストファー・ノーラン作品の鑑賞時並みに画面を凝視し、17期生たちの表情をとらえていないと、大切な情報を取りこぼしてしまう。なおさら、スマホのチラ見はできないのだ。

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