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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.493

シアーシャ・ローナン版“夫のちんぽが入らない”新婚夫婦を悩ませるSEX問題を扱った『追想』

 なんでもパソコンで検索できる現代と違って、1960年代はまだまだSEXの話題を口にすることはタブーだった。フローレンスひと筋だったエドワードは、一度も女遊びを経験したことがない。厳格な家庭で育ったフローレンスも、SEXについての不安を両親に相談することができずにいた。こっそり読んだマニュアル本で得た活字上での知識しか持っていなかった。ガチで愛し合っていたエドワードとフローレンスだが、最初のSEXでつまずいてしまうことに。男女間ではよくあることなのに、性経験の乏しい2人はすっかり動揺してしまい、取り返しのつかない事態へと自分たちを追い込む。2人にとって生涯忘れられない初夜となってしまう。

結婚生活でいちばん大切なのはSEXの相性なのか、それとも……。若い2人は答えを急いでしまう。

 1994年生まれのシアーシャ・ローナンは、ブレイク作『つぐない』(07)以来となるイアン・マキューアン作品への出演。『つぐない』で13歳ながらアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるなど、当時から演技力は折り紙つきだったが、近年は主演作『ブルックリン』(15)や『レディ・バード』(17)で恋愛や初体験に揺れる年ごろの女の子の心情を抜群の絶妙さで演じている。本作でも愛する夫との初SEXにショックを受け、思ってもいなかった暴言を吐いてしまう潔癖症のヒロインを切々と演じてみせる。夕暮れを迎えた砂浜に佇むシアーシャ・ローナンの澄んだ青い瞳は、深い海のような哀しみに満ちている。

 原作小説は読者の想像力に委ねるような余白の多いシンプルなエンディングだが、舞台で演出キャリアを磨いてきたドミニク・クック監督は衝撃的な初夜を迎えた若い主人公たちのその後の人生を味わい深いものへと変えるエピローグを用意している。あれから、ずいぶんと時間が流れた。初夜のベッド上と違い、コンサート会場に現われたフローレンスは終始落ち着いており、弦楽五重奏楽団のバンマスを堂々と務めている。ヴァイオリンとコントラバスが織り成す音色は軽やかさと深みが一体化し、聴衆の心にしみじみと染み込んでいく。このレベルに達するまでに、彼女らはどれだけの時間と情熱を注いだのだろうか。

 弦楽団の演奏を聴くエドワードのまぶたの裏には、若くて真っすぐで潔癖症だった頃の彼女の姿が鮮明に甦る。あまりにも滑稽で、悲劇的な結末を迎えた2人の恋愛だったが、あのときあの瞬間に彼女を世界中でいちばん愛していたのは間違いなく自分だった。お互いに激しく愛し合い、そして傷つけ合ってしまった。エドワードの心の傷痕に、モーツァルトの弦楽五重奏曲第5番が優しくまとわりつく。それはフローレンスとエドワードだけの秘密だった。
(文=長野辰次)

『追想』
原作・脚本/イアン・マキューアン 監督/ドミニク・クック
出演/シアーシャ・ローナン、ビリー・ハウル、エミリー・ワトソン、アンヌ=マリー・ダフ、サミュエル・ウェスト
配給/東北新社、STAR CHANNEL MOVIES 8月10日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中
(C)British Broadcasting Corporation / Number 9 FilmsChesil) Limited 2017
http://tsuisou.jp

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最終更新:2018/08/20 12:05
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