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手塚治虫は『陽だまりの樹』で感染症をどう描いたのか? マンガがつきつける「蔓延後の世界と生命への問い」

文=萩原雄太(はぎわら・ゆうた)

「陽だまりの樹」(手塚治虫・小学館文庫)

 感染症の拡大によって日常が脅かされ、人々の間にパニックが広がっていく……。世界中が、そんな「マンガのような」状況に直面している現在。では、実際のマンガにおいて、感染症はどのように描かれてきたのだろうか?(※本記事は一部ネタバレを含みます)

手塚治虫が描いた「感染症と政治」

 今からおよそ40年前の1981年。手塚治虫が幕末を描いたマンガ『陽だまりの樹』(小学館)には、激動の時代に生きる武士たちの活躍とともに、手塚治虫の先祖である手塚良仙をはじめとする医師たちが、長崎から上陸したコレラと戦う姿が描かれている。史実に基づきながら手塚治虫が描いた人々の様子は、非常事態に直面する中で読んでもそのリアリティに驚かされるだろう。

 京都精華大学マンガ学部教授であり、同大学国際マンガ研究センターや京都国際マンガミュージアムにも携わる吉村和真氏は、この作品を次のように解説する。

 「『陽だまりの樹』では、江戸にコレラが蔓延し、2.8万人もの人々の命が失われる様子が描かれています。この中では、人々が混乱する状況ばかりではなく、デマに翻弄される市民や、非常事態に乗じて一儲けを企む人々の姿も描かれている。人間の行動やメンタルは、手塚治虫が描いた150年前の状況と変わらないんです」

 また、『陽だまりの樹』との類似は、感染症がもたらすパニックだけではない。このタイトルにもなっている『陽だまりの樹』とは、作中に登場する今にも倒れそうな老木を指し、手塚はここに、腐敗しきった江戸末期の幕府を重ねている。

「現在起こっている政治的なゴタゴタも、陽だまりの樹を通じてみると、あたかもデジャヴのように見えてくる。このマンガに登場する政治家や医師たちは、自らのメンツや利害を優先するあまり疫病に対して向き合うことができず、政局にかまけている間に感染が拡大していきます。その結果、取り返しのつかない事態に進展してしまった。終戦から75年を迎え、曲がり角を迎えている現在の政治状況にも共通する部分があるのではないでしょうか」(前出・吉村氏)

 手塚作品のほか、1975年に描かれた萩尾望都の『11人いる!』(小学館)においても、宇宙船に閉じ込められた人々の間に、架空の伝染病「デル赤斑病」が発生する恐怖が描かれている。伝染病を通じて追い詰められた人々は、猜疑心を囚われ、冷静さが奪われ、信頼関係が壊されていった。

藤子不二雄が描くゾンビの可能性

 

「11人いる!」(萩尾望都・小学館)

 では、なぜマンガは感染症を描いてきたのだろうか?

 

 吉村氏によれば、50年代末に創刊された『少年マガジン』(講談社)、『少年サンデー』(小学館)といった週刊マンガを読んだ世代がその後もマンガを読み続けながら成長していき、60~70年代になると、大人になった読者の需要に応える形でマンガの中にも感染症が登場してくる。

 「それまで、悪魔や怪獣といったわかりやすい敵を描いてきたマンガは、読者が成長していくことによって『目に見えない怖さ』『人々の深い心理』といった、複雑性を描くようになっていきます。また、社会状況に目を向けると、当時は公害問題が拡大し技術革新の背後にある闇の部分が見えてきた時代。環境問題を取り扱った石ノ森章太郎の『サイボーグ009』(1964)も、そんな当時の時代背景を反映したものですね。

 このような背景をもとに、『11人いる!』を含め、感染症の目に見えない恐怖を描くマンガが増えていったと思われます。これらのマンガに共通するのは、感染症そのものの恐ろしさだけでなく、感染症を通じて浮き彫りにされる人間心理の恐ろしさなんです」

 なかでも、感染症を描くにあたって、読者の人気を獲得していったのが「ゾンビ」というモチーフ。近年でも、花沢健吾の『アイアムアヒーロー』(2009・小学館)を始め、多くのマンガ作品が、ゾンビを通じて「感染」という恐怖を描いている。吉村氏は、その源流として、1978年に藤子不二雄が描いたある短編マンガを挙げる。

 「新型コロナウィルスが蔓延する渦中に思い出したのが藤子・F・不二雄の短編作品『流血鬼』(小学館・『藤子不二雄少年SF短編集』所収)でした。主人公がゾンビ化してしまった人々から逃げ惑うこの物語において、最終的には主人公もゾンビに感染してしまう。しかし、この作品の終盤に、藤子・F・不二雄は『ゾンビになってしまえば、この世は明るさに満ちている』という発想の転換を描きます。人間を救うために、ゾンビたちは、善意で感染を拡大させていたんです。個人的にも、かつて読んだ際には価値観が大きく揺さぶられました。

 感染症の蔓延という現実に直面し、きっと、これからのマンガにも大きな変化が訪れるでしょう。『流血鬼』のように、感染症を恐怖するだけでなく、感染症との向き合い方に焦点を当てた作品が登場してくるのではないか。別の言い方をすれば、これまでは『感染症が蔓延したら世界や人間はどうなるか』という問題提起型でしたが、これからは『感染症が蔓延してしまった世界で、人間はどう生きるか』という課題解決型の作品が増えるのではないでしょうか。

 例えば、すでに、福満しげゆきは『就職難!! ゾンビ取りガール』(2013・講談社)という作品で非力なゾンビがいる日常を描いているし、すぎむらしんいちは『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ -童貞SOS-』(2011・講談社)というマンガで、男たちを食べる美女ゾンビと童貞たちとの戦いを描いていますが、それらの作品の評価も変わっていくでしょうね」(吉村氏)

 過去に直面したことがない新型ウィルスの恐怖に直面し、世界中で多くの人が不安にさらされている。長期化するとも言われるこの状況に対して、どのように対処していけばいいのか?

 感染症を描いたマンガを読むことによって、そんな状況を生き抜く術を学ぶことができるだろう。

吉村和真(よしむら・かずま)

1971年、福岡県生まれ。熊本大学大学院修士課程修了、立命館大学大学院文学研究科博士課程後期課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員を経て、現在は京都精華大学マンガ学部教授・副学長。研究者として著作・論文を多数執筆するかたわら、2001年の日本マンガ学会設立や2006年の京都国際マンガミュージアムの設立など、マンガ研究の環境整備と社会還元に尽力。近年では文化庁芸術選奨メディア芸術部門選考審査員を務めるなど、マンガ研究の中心人物の一人として知られる。

萩原雄太(はぎわら・ゆうた)

萩原雄太(はぎわら・ゆうた)

演出家・劇作家・フリーライター。演劇カンパニー「かもめマシーン」主宰。舞台芸術を中心に、アート、カルチャー系の記事を執筆。

Twitter:@hgwryt

ライター実績ページ

最終更新:2020/04/02 12:00

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