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危機的状況下で、人はどんな行動をとる? 『新感染』『アイアムアヒーロー』に見る、日韓社会の特徴

『アイアムアヒーロー』心優しい”負け犬”が覚醒!

Huluより

 一方、日本で16年4月に公開された『アイアムアヒーロー』はどうだろうか。この映画は、花沢健吾の漫画が原作で、後に『キングダム』を撮る佐藤信介が監督、野木亜紀子が脚本を手がけている。主人公は30代後半で漫画家のアシスタントをしている鈴木英雄(大泉洋)。ある日、東京で謎のウイルスがまん延し、そのウイルスに感染した者にかまれると狂暴化し、通称「ZQN」と呼ばれる状態になるという意味では、『新感染』と同様、典型的なゾンビ映画の設定である。

『新感染』の主人公ソグも英雄と同年代だが、ソグの目下の悩みは、仕事に重きを置きすぎて家族との関係性がギクシャクしていることであり、そしてはたから見ると、自分の人生に重きを置きすぎているために、利己的なところが問題点であった。言ってみれば、新自由主義の申し子的な「勝ち組」で、それゆえに冷たい人間であるというキャラクターだったのである。

 しかし、『アイアムアヒーロー』の英雄の悩みは、漫画家として大成したいのに、いつまでたってもうまくいかないこと。同棲中の彼女もいるけれど、結婚する甲斐性や自信もなく(それ自体が古い価値観に縛られているともいえるが)、それゆえに強く出ることができず、自分のアイデンティティも確立していないからこそヒーローに憧れていて、自分の名前が「英雄」であるということを「 ヒーローの英雄です」と自己紹介してしまうようなところがある。 いわば英雄は、ソグと対照的に、心優しい「負け犬」 の主人公なのである。

 英雄は、感染し狂暴化した彼女に襲われたことで、感染から逃れられるといわれている富士山を目指す。

 英雄にはこの状況で一点だけ、他人よりもアドバンテージがあった。それは、銃と、それを扱うための免許を持っているということだった。しかし、順法意識の強い彼には、相手がもはや人間ではない「ZQN」であっても、銃を撃つことができない。

 これは、英雄の持つ優しさでもあるし、ある意味では、ここまで窮地に立っても「決められない」優柔不断さを示している。英雄に限らず、窮地に至ったときになかなか決定できない日本という国の脆弱さ、そして過度な順法意識と重なって見えてしまった。そういう意味で、本作は日本と日本に住む男性のアイデンティティを重ねて描いた批評的な作品にもなっている。

 結局、英雄はあるアジトに暮らす人々と合流し、そこで自治を行っているリーダーの利己的な行動に辟易し、自分の身と、一緒に逃げてきた半分ZQNになりかけの女子高生の早狩比呂美(有村架純)や、アジトで出会った藪(長澤まさみ)を守りたいという思いから、やっとのことでZQNに銃を向けることとなる。

 英雄は、それまでは、周囲の男性たちがZQNと対峙しているときも、弱さからロッカーの中に逃げ込んだりするような人間であった。しかし、ヘタレな自分の姿をロッカーの中にある小さな鏡で見て、強い自分になろうと決意するのである。自分の「無責任さ」や「あやふやさ」に別れを告げた瞬間であった。

 一方で『新感染』でも、偶然にもソグが自分の顔が映った 鏡をまじまじと見るシーンがあるのだ。このときのソグは、自分のこれまでの仕事が、感染を広げる原因となった企業の利益になっていて、今回のパニック拡大に加担していたのではないかという疑問を持ち、利己的であった自分と別れを告げる瞬間として描かれていた。ベタな描写でもあるが、自分の顔を見るということは、自分の本当の姿を見るということなのだ。

 感染者が狂暴化するような状況下において、男性主人公が自分のアイデンティティを見いだす過程が描かれる両作で、一方は勝ち組の利己的な部分をフィーチャーし、一方は弱さからくる決定力のなさをフィーチャーしているのは興味深い。危機的状況下では、「利己的であること」も「決定力のないこと」も、どちらもネックとなる。両国が何を問題視しているかが、2つの作品から見えた気がした。

西森路代(ライター・コラムニスト)

ライター・コラムニスト。1972年生まれ。アジアのエンタテインメントと女子、人気について主に執筆。

Twitter:@mijiyooon

にしもりみちよ

最終更新:2020/04/23 15:17
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