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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.615

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』

文=長野辰次(ながの・たつじ)

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』の画像1
吹き替え専門の声優夫婦を主人公にしたイスラエル映画『声優夫婦の甘くない生活』。

 声色次第で、さまざまなキャラクターに瞬時に変身してみせる声優たち。ライブ会場では歌を歌い、バラエティー番組のMCを務める人気声優の多才さに憧れる日本の若者たちは多い。一見すると華やかな声優業だが、日本ほどアニメーション制作が盛んではない海外では声優はどんな生活を送っているのだろうか。映画『声優夫婦の甘くない生活』(英題『Golden Voices』)は、新天地に移住することになったベテラン声優夫婦を主人公にしたユニークな作品となっている。

 物語の舞台となるのは、1990年のイスラエル。ソ連で人気声優だったユダヤ人夫婦のヴィクトル(ウラジミール・フリードマン)とラヤ(マリア・ベルキン)は、イスラエルでの新生活をスタートさせる。1989年に冷戦が終結し、ソ連で暮らすユダヤ人の出国する自由が認められたことが理由だった。ユダヤ人にとっての“約束の地”で暮らすことは、ヴィクトルたちの夢だった。

 でも、それは表向きなもの。実際はソ連の映画会社が民営化され、長年にわたってハリウッドや欧州の名作映画のロシア語吹き替えを夫婦で担ってきたヴィクトルたちは、若い世代に席を譲らなくてはいけなかった。つまりはリストラ。初めて訪れた祖国で第2の人生を切り開いていこうと、おしどり夫婦は励まし合う。

 ソ連にいた頃は声優業だけに専念していれば良かったが、イスラエルではそうはいかない。自分たちでまず仕事を見つけなくてはいけなかった。ソ連では抜群の知名度と実績を誇ったヴィクトルとラヤだが、文化の異なるイスラエルでは思うような仕事は見つからない。ソ連から移住してきたユダヤ人は多いものの、ロシア語の吹き替え声優のニーズはなかった。自由主義国の“自由”であることの重みが、若くはない2人の肩にずしりとのしかかる。

 それでも、ラヤは積極的に新しい文化に溶け込もうとする。新聞広告にあった「感じのよい声の女性 求む」という仕事の面接を受けることに。高収入を謳った仕事内容は、電話で擬似的な性行為をするサービスのオペレーターだった。生活費を稼ぐためにと割り切ったラヤは、男性客の要望に応じて、多彩な女性キャラクターを演じ分けてみせる。実年齢62歳の人妻・ラヤは、22歳の処女・マルガリータとして人気者となっていく。夫のヴィクトルには「電話で香水を売る営業」と偽り、テレクラに通うことになる。

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