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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.615

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』

テレビの洋画劇場や名画座で育った世代は感涙もの

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』の画像2
ヴィクトル(ウラジミール・フリードマン)は上映中の新作映画を盗撮するはめに。

 若い頃は舞台俳優だったヴィクトルは、舞台のオーディションを受けるものの力を発揮することができない。吹き替え声優をあまりにも長く続けてきたために、自分自身の声を忘れてしまったのだ。薄給のビラ貼りの仕事を仕方なくしていたヴィクトルだが、ようやく念願の仕事を見つける。街に新しくできたレンタルビデオ店で、公開直後の新作映画をロシア語に吹き替える業務だった。

 海賊版ビデオの吹き替えは当然ながら違法行為だが、背に腹は変えられない。ソ連時代は『スパルタカス』(60)や『クレイマー、クレイマー』(79)といった名作の吹き替えばかりやってきたヴィクトルだったが、ソ連では上映されないような官能映画も含め、週替わりで次々と公開される新作映画のロシア語版海賊ビデオづくりに没頭するようになる。

 テレクラに夜な夜な電話を掛けてくる男たちも、レンタルビデオ店に海賊版の吹き替え映画を求めて並ぶ人も、おそらくはヘブライ語を話すことができず、街に居場所のない移民者たちだろう。理想と自由を求めてイスラエルに移住してきたものの、社会にうまく溶け込むことができずにいる。懐かしい母国語の声を聴くことで、孤独さを癒そうとする人たちだ。ラヤもヴィクトルも思いがけない形で、同郷出身者たちの心の支えとなっていく。声には不思議な力がある。

 おしどり夫婦のラヤとヴィクトルが交際を始めたのも、声と映画がきっかけだった。フェデリコ・フェリーニ監督の名作『カリビアの夜』(57)を吹き替えたラヤの声に、ヴィクトルは惚れてしまった。ひと目惚れならぬ、ひと声惚れだった。『ローマの休日』(53)の吹き替えで初めて共演したが、仕事終わりにヴィクトルがデートに誘うと、ラヤに断られてしまった。でもその後、ユーゴスラビアのB級映画の吹き替えで共演した後、ヴィクトルの誘いにラヤは応じた。作品と役と人生とがリンクするように、この夫婦は生きてきた。名画座に通い、テレビの吹き替え洋画劇場を観て育った世代がホロリとするようなエピソードが綴られていく。

 吹き替えは、映像とうまく呼吸を合わせることが求められる仕事だ。きっと、ラヤとヴィクトルは息もぴったりで、数々の洋画を吹き替え、ソ連で大人気を博したのだろう。でも、イスラエルに移住してからは、異なる仕事に就き、すれ違うことが多くなった。あ・うんの呼吸は失なわれてしまう。息が合わなくなると、ソ連時代には気にならなかったお互いの短所が否応なく目に入るようになってしまう。

 本作を撮ったのは、1979年生まれのエフゲニー・ルーマン監督。ベラルーシ生まれのルーマン監督は、10歳の頃に家族と共にイスラエルへと移住した。海賊版で賑わう街のレンタルビデオ店の描写など、ルーマン監督自身の記憶に基づいたものとなっている。

 1990年は共産圏からイスラエルへの移住者が殺到した年であり、また第一次湾岸戦争が勃発した年でもある。イラクの独裁者サダム・フセインが放つ毒ガス弾が、いつイスラエルに向かって飛んでくるか分からない。不穏さが街には充満していた。自由主義国で暮らすことへの憧れと、戦争への不安を感じながらの移住を決断したルーマン監督の親世代へのオマージュが込められている。

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