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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.615

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』

映画漬けの人生を送ってきた者たちの行く末

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』の画像3
イラクとの間で戦争が勃発。映画館の入場者は防ガスマスクを着用して備える。

 吹き替え声優のヴィクトルに限らず、映画漬けの人生を送ってきた人間から映画を奪ってしまうと、たぶん何も残らないだろう。ちなみに映画ライターは、そんなポンコツ人種の最下層民だ。映画にまつわるトリビアなら何時間でも語り倒すことができるが、映画以外の話題はからっきしである。そんな不要不急の世界でのみ生きることができたポンコツ人種たちの行き着く果てが、本作のクライマックスで描かれることになる。

 イラクとの開戦の気配が日に日に強くなっていく。夜が更け、ついにイラクからミサイルが飛んできた。空襲警報が街に鳴り響く。市民は事前に渡されていた防ガスマスクを着用することになる。そんな非常事態にもかかわらず、映画館には新作映画を観ようという熱心な映画マニアたちが集まっていた。上映作品は、フェリーニ監督の最新作『ボイス・オブ・ムーン』(90)。夜空に浮かぶ月の声を聞いてしまった詩人が体験するおかしな物語だ。

 フェリーニ監督の遺作となった『ボイス・オブ・ムーン』だが、代表作『甘い生活』(60)や『8 1/2』(63)などに比べると、黄金期の輝きはすでに失なわれている。それでも、フェリーニの映画を観ることで青春時代を過ごした世代は、見逃すことはできない。フェリーニの新作を観ずして、死ぬわけにいかない。逆に言えば、大好きな映画を観ながら死ねるのなら本望でもある。

 長年にわたって吹き替えの仕事に情熱を注いできたヴィクトルは、自分の言葉でしゃべることをすっかり忘れていた。気の利いた言葉はすぐには出てこない。それでも、妻のラヤとは映画を介して結ばれてきた。人生は決して甘くはない。でも、それゆえに甘いひと時を与えてくれる映画が輝かしく感じられる。サイレンが鳴り響く中、苦みと甘さが混じり合った人生を、ラヤとヴィクトルは歩み始める。台本のない、人生という名の新しい舞台の幕開けだった。

洋画の吹き替えに人生を捧げた熟年夫婦の悲喜劇…自分の声を忘れた『声優夫婦の甘くない生活』の画像4

『声優夫婦の甘くない生活』
監督・脚本・編集/エフゲニー・ルーマン 撮影・脚本/ジヴ・ベルコヴィッチ
出演/ウラジミール・フリードマン、マリア・ベルキン、エヴェリン・ハゴエル、ユリ・クラウズナー、アレキサンダー・センドロビッチ、ナディア・コチェル、ヴィターリ・ヴォスコヴォイニコフ
配給/ロングライド 12月18日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
https://longride.jp/seiyu-fufu

最終更新:2020/12/25 16:00
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