日刊サイゾー トップ  > 旅一座の浮草稼業を描いた小津安二郎「浮草物語」
宮下かな子と観るキネマのスタアたち第13話

宮下かな子、旅一座の浮草稼業を描いた小津安二郎「浮草物語」で、俳優として迫られたある選択に思いを馳せる

生き別れた息子に実の父と名乗れない…人情話の奥深さを見る

 喜八、という同じ名前とは言え、前回の『出来ごころ』とは全くの別人です。今回の喜八は、町を転々とする旅一座の座長。前回に引き続き、飯田蝶子さんや突貫小僧君も出演しています。『出来ごころ』では、喜八行きつけの食堂のおかみだった飯田蝶子さんは、今回喜八の女という設定。この女・おつねと喜八、2人の間には信吉という年頃の息子がいるのですが、息子には「父親は亡くなった」と嘘をつき、小料理屋を営みながら息子と母2人で生活をしています。この飯田蝶子さんの凄いところが、女っ気を感じさせない心のゆとり。「この年で妬かれちゃあ困るよ」なんて台詞もあり、熟練夫婦のような、芯の部分で固く繋がっている関係性が感じられるのです。こういうこざっぱりしていて、曇りのない笑顔を向けられる女優は、そう多くいらっしゃらないのではないでしょうか。

 このおつねと対照的に描かれているのが、喜八の今の女、八雲理恵子さん演じるおたか。色気があり姉御肌、しかしとても気が強そうな一座の主演女優です。八雲さんの目の鋭さったらもう、とてつもない。もし実在していたら、同性として絶対に目をつけられたくない殺気が感じられます。

 そんなおたかはひょんな事から、この田舎町に、喜八の昔の女と息子がいると知ります。嫉妬したおたかは、一座の若い娘役であるおとき(坪内美子)に、喜八の息子を誘惑するよう指示するのです。ここから、物語が大きく動いていきます!

 さぁ、この物語の中で大きなネックとなっているのが、喜八が父親である事を息子に言えない、ということ。喜八は、旅一座の座長。この作品が公開された1935年代は、大衆演劇の黄金時代と呼ばれ、多くの一般庶民が、大衆演劇を身近な娯楽として受け入れていました。作品の中でも、喜八一座に町が盛り上がっている様子が描かれています。ですがその盛況している様子とは裏腹に、役者達が生活に窮する様子が滑稽に描かれている場面があったり。町は賑わっても売れていなけりゃ家族を前に肩身は狭い。

 例えば喜八と息子が仲良く釣りをしていると、喜八が川に財布を落としてしまう場面があります。沢山入っていたと見栄を張る喜八は、息子に「嘘だらう。軽そうに浮いてたぢゃないか」なんて言われちゃうんです。何も言えなくなる喜八を見て、うんうん分かるぞ喜八……と頷きたくなる私。

 そういえば先日の母の日、妹達と実家にプレゼントを送ったのですが、「お金大変だろうから、父の日は要らないからね。来年も要らないよ。」なんて連絡が届いて。きっと長女の私が安定してないからこんなこと言われちゃうんだろうなぁなんて切ない気持ちになりました。まぁ意地でも送ってやろうなんて思っているのですが。家族にお金のことを心配されるのは、やっぱり胸が痛いですよね……。そんなことを思い出したこの場面、喜八の切なさが身に沁みます。

 一方、おたかに頼まれ信吉にちょっかいを出したおときも、次第に惹かれ合い、いつのまにやら恋が始まっています。しかし、町を転々とするおときは複雑な心境。「いけないわ。こんな旅の者を相手にしちゃ」と言い、揺れ動く想いを信吉に吐露します。信吉と共にしたければ、旅役者としてはいられない。そうなると、夢を諦めなければいけない。喜八もおときも「浮草稼業の身の辛さ」を痛感しているのです。

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