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宮下かな子と観るキネマのスタアたち第20話

黒木和雄『美しい夏キリシマ』、戦争を描き続けた監督が見せる“生への尊厳を奪われた人”たちの哀しさ

激しい戦闘シーンよりも人の心の“傷口”で描かれる戦争

 主人公康夫は、黒木監督ご自身がモデルとなっています。キャスティングは、都内でオーディションを行い、一見何を考えているのか分からない風貌が、当時の自分と似ていた柄本佑さんを選んだそう。今作がデビュー作となった柄本さんですが、不器用で、どこか空虚感を抱いている複雑な心境の主人公を演じ切っています。

 康夫は、一緒にいた友人が被爆死するのを目の当たりにし、そのショックで自宅療養しながら生活する少年ですが、これは、監督が実際に体験した出来事でもあります。

 1945年5月、宮崎県都城市に建設された工場で、航空機の部品作りをしていた黒木監督達。そこに落とされた爆弾によって、計11名が亡くなったといいます。すぐ隣にいた友人の頭がぱっくり割れているのを見て、ただ恐怖のあまり夢中で走って逃げたという黒木監督は、その後自責の念に駆られ休学したそう。この出来事を生涯苦しみ続け、今作を「あの被爆で亡くなった学友たちに捧げる鎮魂と贖罪のための作品」だと述べています。

〝贖罪〟という言葉の重みから感じる、戦争の残酷さ。「なぜ優秀だった彼らが死んで、だめな人間である自分が助かったのだろう」と考えていたという黒木監督。自分の分身である主人公・康夫も同じく、友人への罪悪感を抱きながら生活を送っているのです。

 ここでもうひとつ、この作品で特徴的であるのが、戦闘や激しい空爆など、直接的な場面が一切描かれていないこと。戦争映画というと、洋画でも邦画でも、目を瞑りたくなるような痛々しい表現が見受けられるものが多いのではないかと思います。しかし今作は、血を流している怪我人もいない。空襲警報等もない。登場人物も全員、生き残ります。その戦争の実態は、死を目撃した人々の語りによって、表現されているのです。

 例えば、康夫が被爆死した友人の妹に、その時の様子を語る場面。普段多くを語らない康夫が、自身のトラウマを淡々と話し出すこの場面は、その口調と表情とは裏腹に、壮絶な光景が生々しく浮かび上がってきます。

 また、香川照之さん演じる豊島一等兵が、人を殺したことがあるかと問われ満州にいた頃、訓練の最後に人体刺殺があり、どこからか連れてきた農民を兵士が、順に並んで銃剣で突いて殺した時の様子を語る場面も。彼は、戦地へ向かった夫を持つイネ(石田えり)と密会し何度も身体を重ねるのですが、その行為はまるで、この現実世界と自分を必死に繋ぎ止めるかのようにもみえます。

 一方イネはその行為を、「獣のようになって、死んでるもんでも生きてるもんでもなか、気色の悪かもんになっていくのが、おそろしゅうして気持ちが良かと。」と言う。他にも、南方戦線で片足を失い義足をはめた秀行(寺島進)は、自分自身を幽霊のようなものだと語る場面もあります

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