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『晩春』小津安二郎の” 嘘を美しく魅せる表現技法が圧巻! 何気ない風景の連続から読み取る物語

小津映画で生きる原節子の存在感

『晩春』『麦秋』『東京物語』の紀子3部作の1作目である今作。小津作品には欠かせない原節子さんが、初めて小津とタッグを組んだ作品でもあります。そんな原さんの眩しいばかりの存在感たるや! 白い歯でニコッと笑い、茶目っ気たっぷりに振る舞う姿。のびのび活発に動きながらも、そこに残る上品さが魅力。そして、父・周吉役にはこちらも小津作品常連の笠智衆さん。笠さんのぽつぽつと言葉が粒立つような台詞の言い回しが父親像にぴったりで、世話を焼きたくなるような不器用さの中に、1人娘を想うぶっきらぼうな優しさを感じます。

 仲良く2人で暮らしながらも、1人になってしまう父の心配をし、結婚を考えていない紀子と、結婚しない紀子を心配する父。父と同じく独身の紀子のことを心配していた叔母のまさが、縁談の話を持ち込むことにより、平穏な日々に変化が起きます。物語にスパイスを効かせる叔母のまさを演じるのは、原さんと共に小津作品初出演となる杉村春子さん。ぐいぐいと紀子を押し切っていく強引なおばさんを好演。杉村さんの登場によってきゅっと画面が締まるような印象を受けます。原さんとはまた異なる方面から、確固たる存在感を発揮している抜群の演技力!

 紀子の縁談話を進めるために父は、自分にも再婚相手がいるのだと「一世一代の嘘」をつきます。嘘を発端に変化する2人の表情は、是非とも注目して頂きたいポイントのひとつ。紀子と父が能の観劇に訪れた場面で、遠くの客席にいる、父の再婚相手だと噂になっている女性(三宅邦子)と会釈し挨拶を交わす父の姿を、紀子が目撃します。それまで、あれほど眩しい笑顔で開放的であった紀子と打って変わって、鋭い目つきで2人を見る紀子。原さんの目力の強さに圧倒される瞬間です。

 その後も能の歌が響き渡る中、再婚相手と父を横目で見る紀子の様子が長く映されていて、沸々と沸き立つ感情が垣間見えるのですが、それまで〝娘〟であった紀子から〝女〟を感じる緊張感があります。そんな紀子の気も知らず、微笑みながら能を楽しそうに鑑賞している父との対比も見事。

 一方、父の表情で注目して頂きたいのが能観劇から帰宅後、縁談の話を提案し再婚すると嘘をつく場面。

紀子「お貰いになるのね、奥さん」 父「うん」
紀子「じゃあ今日の方ね」     父「うん」
紀子「もう決まってるのね」    父「うん」
紀子「本当ね。本当なのね」    父「うん」

 紀子と父、正面からのアップを順番にカットバックしていて、父は紀子の言葉に全て「うん」と答える場面なのですが、よく表情を観察してみると、最後の「うん」のみ口元がぴくりと震え、強ばっているんです。本当にちょっとした変化でこれは、今回観返して初めて気付いたことでした。おそらく小津監督からの指示であろうと思いますが、不器用な父が娘のために精一杯嘘をついている姿に、心が熱くなる父の表情。紀子ほど話し方や表情に変化がない分、こうしたちょっとした瞬間に心動かされるのです。自分のためにつく嘘というのは醜いですが、生きていれば誰かのためにつく嘘、誰かの幸せを願っての嘘があって、それはこんなふうに美しいものなんだと思わせてくれる場面。嘘をきっかけに変化する2人の表情には是非注目です。

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