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ホラー版『魔女の宅急便』でもあった『ラストナイト・イン・ソーホー』の魅力

60年代のロンドンの憧れと危険性の両面を描く

ホラー版『魔女の宅急便』でもあった『ラストナイト・イン・ソーホー』の魅力の画像3
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 本作はエドガー・ライト監督が、60年代のロンドン、特にソーホー地区への思い入れをたっぷりと詰め込んだ作品ということが何よりも重要だ。

 夢で見るその街並みは煌びやかで、当時の服装や車などが細やかに再現されている。映画館では『007/サンダーボール作戦』(65)が公開されており、007オリジナルのカクテル「ヴェスパー」も登場する。さらに、ダイアナ・リグ、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハム、マーガレット・ノーランといった出演者は、実際に1960年代のイギリスの映画や演劇で活躍していた俳優だ。

 ただし、その思い入れは単なる憧れだけはない。ソーホーという場所とホラー(ミステリー)のジャンルを結び付けようと思った理由について、エドガー・ライト監督は「ソーホーには娯楽や文化の歴史があるだけでなく、犯罪の世界でも大きな役割を占めた」「その二つの世界が隣合わせになっていて、60年代は特にそれを象徴する時代ではないかと思う」と、その「危険性」についても語っているのだ。

 これは作家として誠実なアプローチだろう。憧れの場所や時代をただポジティブに捉えるのではなく、その「暗部」にも目を向けて、敬意を払いつつもその両面をホラーというジャンルを通じて描いている。本作はフィクションであり超現実的な現象も描かれているが、実際の「歴史」が存分に反映されている映画でもあるのだ。

 なお、エドガー・ライト監督は既存の有名楽曲をスタイリッシュに映画の中で使うことにも定評があり、今回は「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれる活気に溢れた60年代の楽曲がふんだんに使われている。今回の『ラストナイト・イン・ソーホー』というタイトルは、エンドロールで流れるデイヴ・ディー・グループの1968年のヒット曲が元ネタだ。目で見える当時の街並みの再現だけでなく、耳で聴く楽曲からも、その時代や場所へのリスペクトを存分に感じてみてほしい。

性的搾取への「カウンター」に

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 本作で描かれている恐怖は、はっきりと女性への性的な嫌がらせ、いや搾取だ。序盤のタクシー運転手のジョークでは済まされないセクハラ、性的な興味の対象として見られることへの不安、そして夢で見る60年代の女性が直面するおぞましい事実……#MeToo運動でもわかる通り、それは現実の華やかに見えるショウビズの世界の裏にも、間違いなくあったものだ。

 2021年には『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『最後の決闘裁判』など、女性が性的搾取をされてきた悪しき社会や歴史への「カウンター」というべき映画が続々と公開された。こうした物語を持って、その恐怖や抑圧に(今も)苦しめられてきた女性の心情を知ることは、間違いなく大きな意義がある。『ラストナイト・イン・ソーホー』もまた、エンタメホラーでありながらも、その問題提起、いや怒りが込められている映画になっていたのだ。

 最後に余談だが、エンドロール中に人気のないロンドンの街並みが映し出されるのだが、それらは新型コロナウイルスの流行のためロックダウンになったその場所を、そのまま撮ったものだったそうだ。60代の最も華やかな(だが犯罪の危険性もあった)時代のロンドンと、現代の人がいなくなったロンドンが対比的に提示されているというのも興味深い。それも含めて、「時代」を感じてほしい作品だ。

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『ラストナイト・イン・ソーホー』
公開表記:12月10日(金)、TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
監督:エドガー・ライト 脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:ティム・ヴィーヴァン、ニラ・パーク
出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ ほか
2021年/イギリス/カラー/デジタル/英語/原題:LAST NIGHT IN SOHO/R15+
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ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2021/12/10 07:00
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