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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#7

Mr.Children『DISCOVERY』バンドの成熟と“もっと大きな”ミスチル像の発見

“大きな怪獣”としてのバンドの覚悟

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桜井和寿(写真/Getty Imagesより)

 ここまでを踏まえ、改めて『DISCOVERY』における“レディオヘッド調”の楽曲に向き合うと、このアルバムは、バンド4人としてのサウンドのオリジナリティを掴みつつあった彼らが、満を持して同時代の洋楽・オルタナティヴ・ロックと本格的に共振し始めた瞬間だった……とも言えるだろう。本連載「Mr.Children編」の第1回では、『Atomic Heart』期の桜井がU2の「変化することでより多くのものを巻き込んでいく姿勢」に影響を受けていたこと、バンドを「もっと“巨大な怪獣”にしたい」と思っていたことについて触れたが、今作でのある種“無邪気”ともいえるレディオヘッドの参照も、その一環と見ることができる。

 有名な話だが、“巨大な怪獣”となったバンドの姿を写した『DISCOVERY』のアートワークは、U2がアメリカ市場を制した代表作『ヨシュア・ツリー』(‘87)と瓜二つである。そして、先行シングル「終わりなき旅」(‘98年10月)のタイトルが、『ヨシュア・ツリー』に収録されたU2の代表曲「I Still Haven’t Found What I’m Looking For」=邦題「終りなき旅」と重なるのも偶然ではないだろう。この「終わりなき旅」のアートワークのデザインが、U2に数年先んじてアメリカ市場を制したザ・ポリスの最終作『シンクロニシティ』(‘83)にどことなく通ずるものがあるのも面白いところだ。

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 こうした“巨大な怪獣”の先人たちを思わせる意匠の引用は、Mr.Childrenというバンドの巨大化(肥大化)への自覚と、世間からそのように見られることを受け入れ、乗り越えていこうという覚悟の表れだろう。この点は、桜井の最大の影響源の一人である浜田省吾が『J.BOY』(‘86)の大ヒット後、その“和製ブルース・スプリングスティーン”的な社会派ロック・スターのポジションを引き受けるように、『FATHER’S SON』(‘88)のアートワークでスプリングスティーンをパロディ化した試みも思い起こさせる。

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 こうした“巨大な怪獣”ぶりの一方で、『DISCOVERY』における桜井の詞作には、日本のポピュラー音楽シーンを完全に席巻した“ミスチル現象”の最中にはほとんど見られなかった、日常生活におけるふとした喜びを描いた表現が多数登場し始める。こうしたモチーフは2000年以降のMr.Childrenにおいて非常に重要なものとなっていくが、きっかけは何だったのだろうか。

自然体・等身大での再始動――“もっと大きな”Mr.Childrenへの旅路

 ここまでの説明の通り、『DISCOVERY』の制作時期はバンドとしての結束・主張が強まる一方、プロデューサー小林の影響力は相対的に低下していた。加えてこの時期、桜井から「自由を目指すこと自体が何かの“決め事”のように思えてきた」という意向が示されたこともあり、制作現場ではなるべく決め事を作らない形での進行がなされていったという。それもあってか、本作は4人が存分に楽器を鳴らした長いイントロ・間奏・アウトロを持つ楽曲が増え、楽曲の長さは平均で5分を超えるなど、ポップ・ミュージックらしいコンパクトさからは総じて距離が取られたアルバムとなっている。

 中でも「I’ll be」は9分を超える、本作最長のナンバーだ。元々シングルリリースを視野に様々なバージョンが作成されていたが、本作に収録されているのは、桜井がおもむろに大幅にテンポを落としながら歌い出した弾き語りに、田原・小林らが即興的に付いていった形で録音された「一発録り」を基に制作されたバージョンだ。

 アルバム発売後にシングルカットされたアップテンポなバージョンは本来、活動再開に際し、小林が第1弾シングルとして推していたものだ。しかし、桜井はこれに反発し、第2弾として予定されていた「終わりなき旅」が繰り上げて発表されることになる。そして、Mr.Childrenがライブで披露する「I’ll be」は基本的に一貫してスローバージョンである。

 こうした、プロデューサーである小林に対してバンド側からある種の反発・意思表明をするような姿勢は、当時のツアー風景にも現れている。『regress or progress ’96-’97 tour』で見せた仕掛け満載のショーアップされた側面は後退し、簡素でシンプルな舞台演出で“等身大”の4人をそのまま見せていくようなステージへのアップデートがなされたのだ。この時期のバンド4人の『DISCOVERY』さながらの力強さは、キャリア初のライブアルバム『1/42』で余すことなく堪能できる。

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 一定の平穏を取り戻したであろう活動休止期間中の生活はもちろんのこと、こうして親友であるバンドメンバー4人揃って“あるがままの”姿でキャリアを更新していく一歩を踏み出し始めた桜井が“自分らしさの檻”から解き放たれるきっかけを掴みつつあったことは想像に難くない。周囲の過剰な期待・プレッシャーに合わせるように自己と楽曲をやや演技過剰に重ね合わせていた『深海』『BOLERO』の時代には、「Simple」「ラララ」といった日常の喜びを掬い上げるような楽曲は決して生まれなかったはずだ。こうした方向性は、次作『Q』における「つよがり」「口笛」などに引き継がれ、さらに「優しい歌」や「君が好き」以降の、バンド/リスナー間の関係性を再構築していく時代へと繋がっていく。“巨大な怪獣”となったMr.Childrenが、売上などの数値化できる要素を抜きに、私たちにとって“もっと大きな”存在となっていくきっかけを“発見“した大切な作品が、この『DISCOVERY』なのだ。

 次回(Mr.Children編 第4回:最終回)は、Mr.Childrenがいよいよ真の意味で“深海からの脱出”を果たすことになる『Q』を中心に、現在の活動に至るまでの流れについて記していきたい。

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本稿におけるMr.Childrenのレアな制作エピソードは小貫信昭氏の『Mr.Children 道標の歌』(水鈴社)を参考にさせていただいた。

本稿で紹介しきれない楽曲を含め、Mr.Childrenのオルタナティヴ・ロック方面の楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひ新たなMr.Childrenの魅力の発見にご活用いただきたい。

B’z、DEEN、ZARDなど……本連載の過去記事はコチラからどうぞ

TOMC(音楽プロデューサー/プレイリスター)

Twitter:@tstomc

Instagram:@tstomc

ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスター。
カナダ〈Inner Ocean Records〉、日本の〈Local Visions〉等から作品をリリース。「アヴァランチーズ meets ブレインフィーダー」と評される先鋭的なサウンドデザインが持ち味で、近年はローファイ・ヒップホップやアンビエントに接近した制作活動を行なっている。
レアグルーヴやポップミュージックへの造詣に根ざしたプレイリスターとしての顔も持ち、『シティ・ソウル ディスクガイド 2』『ニューエイジ・ミュージック ディスクガイド』(DU BOOKS)やウェブメディアへの寄稿も行なっている。
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最終更新:2023/04/28 16:53
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