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バフィー吉川の「For More Movie Please!」#2

『イニシェリン島の精霊』に登場する“妖精”の2つの意味は…

『イニシェリン島の精霊』に登場する妖精の2つの意味は…の画像1
『イニシェリン島の精霊』サーチライト・ピクチャーズ 公式サイトより

バフィー吉川の「For More Movie Please!」
第2回目は『イニシェリン島の精霊』をget ready for movie!

 第95回アカデミー賞で主要8部門9ノミネートを果たし、ほかにもゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞など、多くの映画賞において『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』と並んで今年の最有力候補と謳われる映画『イニシェリン島の精霊』が日本でも1月27日より公開中。コリン・ファレルの終始困った表情が印象的な作品だ。

 1920年代のアイルランド、アラン諸島の架空の島、イニシェリン島を舞台に、ふたりの男の友情の亀裂を全編通して描いた作品なのだが、本作で描いているのは、アイルランド内戦だけに限らず、内戦というものを紐解いていくと些細なことがきっかけで争いが勃発してしまうこと、それが実にバカバカしいことであるかというメタファーにもなっている。それに加えて、恋愛における関係破綻も描いているのだ。

 説明されているわけではないが、コルムはおそらく同性愛者であり、その違和感のはけ口がないことにもイラ立ちを感じているのかもしれない……。というのは、全体を通してマーティン・マクドナー監督が描きたかったことではあるかもしれないが、キャラクターの心情の変化においては、さまざまな理由が考察できる。

 登場人物の心情がよくわからないという意見もあるかもしれないが、孤島という環境で生きることを改めて考えることで、そのメッセージ性はなんとなく伝わってくるようにも感じられる。

【ストーリー】
本作の舞台は本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島、イニシェリン島。島民全員が顔見知りのこの平和な小さい島で、気のいい男パードリックは長年友情を育んできたはずだった友人コルムに突然の絶縁を告げられる。急な出来事に動揺を隠せないパードリックだったが、理由はわからない。賢明な妹シボーンや風変わりな隣人ドミニクの力も借りて事態を好転させようとするが、ついにコルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされる。美しい海と空に囲まれた穏やかなこの島に、死を知らせると言い伝えられる“精霊”が降り立つ。その先には誰もが想像しえなかった衝撃的な結末が待っていた…。

孤島という環境がもたらした人間性への違和感

 パードリックとコルムの間の溝は、コルムが特別な才能があったわけでもないというのに、急に芸術家ぶりはじめたことがきっかけとなっている。単純に芸術家になりたいという意思もあったかもしれないが、田舎で育って歳を重ねたコルムにとって、そのまま何者でもないまま死んでいくことに耐えられなくなったのだ。

 孤立した島の中で、変わらない日々を“当たり前”なものとして過ごしてきた。周りの人々も生活に疑問を持っていない。1920年代という時代もあって、情報がそれほど流通しているわけでもなく、そもそも自分の生き方に疑問を持つような雑念があまりなかったのだろう。

 人間が危機感を感じる一番の理由は、歳をとったと感じた時だ。それをどのタイミングで感じるかは人それぞれ。何者にもなれないまま死んでいくことへの恐怖を実感したからこそ、コルムは急いで何かになろうとしたのだ。それが芸術家だったということではないだろうか。

 中には若くして感じる人もいる。例えばパードリックの妹・シボーンもそうだ。兄と孤島でふたり暮らし、決して不幸せというわけではないが、何かに違和感を持っている。結婚しないのも、島という呪縛に縛られたくないからだ。

 その一方でパードリックは、島での暮らしが“当たり前”と思っていて、なんの違和感も持っていない。純粋そのものだからこそ、コルムもシボーンもそんなパードリックを見ているとイラ立ってくるのだ。しかし、それは決してパードリックが悪いわけではなく、島という環境がもたらした人間性である。だからこそ拒絶することで距離を取ろうとするが、それがかえって逆効果。

 嫌いだからじゃなくて、嫌いになりたくないから避けているのに、パードリックが寄り添ってくるものだから、どんどんドロ沼化していってしまう。孤島という環境に限らず、保守的な田舎も同じかもしれないが、自分たちの育ってきた環境にふとした瞬間、違和感を持ち始めた者にとって、その環境が作り上げた人間性全開な男が近づいてきたら、悪夢でしかない。

 そんな行き場のない思いやイラ立ちが交差し、どこに向かっていくのだろうか……。そういった点でいうと今作の主人公は、パードリックではなくコルムやシボーンのほうなのかもしれない。

 また今作の原題「The Banshees of Inisherin」の「バンシーズ」というのは、アイルランドに伝わる死を予告する妖精のことである。その妖精が作中では老婆の姿として現れる。これは死そのもののメタファーでもあるが、もうひとつは孤立した島の違和感が、絶望や喪失感に変化する時期を象徴した存在でもあるかのように感じられるのだ。


■監督・脚本:マーティン・マクドナー

■出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか
■原題:The Banshees of Inisherin
■全米公開:2022年10月21日  
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 
2022年/イギリス・アメリカ・アイルランド 
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
■公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp 

 

バフィー吉川(映画ライター・インド映画研究家)

毎週10本以上の新作映画を鑑賞する映画評論家・映画ライター。映画サイト「Buffys Movie & Money!」を運営するほか、ウェブメディアで映画コラム執筆中。NHK『ABUソングフェスティバル』選曲・VTR監修。著書に『発掘!未公開映画研究所』(つむぎ書房/2021年)。

Twitter:@MovieBuffys

Buffys Movie & Money!

最終更新:2023/03/03 20:16
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