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気鋭の若手批評家・小峰ひずみが描く「被差別部落をめぐる“語り”」

被差別部落は本当に「コワイ」のか?…映画『私のはなし 部落のはなし』レビュー

「暴力的」な場面のみを切り取って、動画で拡散する者たち

 だが、本作『私のはなし 部落のはなし』は、この「コワイ」という感情をめぐる攻防戦を、最後まで追及できてはいないのではないか。確かに過去には、部落解放同盟の糾弾が一部の人に「コワイ」と思われることもあっただろう。しかし実際には、差別したことに対する批判である。つまり、攻撃に対する自己防衛である。このような「暴力的」な糾弾は、差別を生みだす構造的な暴力に対する、一時的な反撃にすぎない。

 だが、現在のメディア環境をうまく利用する人々は、このような「暴力的」な場面のみを切り取って、動画やTwitterで拡散する。そうすることで、部落解放運動をはじめとした社会運動を「コワイ」と感じるふつうの人々の感情を、より強化しようとする。その結果、たとえば、ストライキは威力業務妨害に、要求は恫喝に、抵抗者は暴徒と言い換えられる。長期間にわたる差別への一時的な糾弾もまた、一部分を切り取られ、恫喝と表現されることになった。

被差別部落は本当に「コワイ」のか?…映画『私のはなし 部落のはなし』レビューの画像7
京都府京都市下京区下之町にある、柳原銀行記念資料館。京都駅東側のいわゆる“崇仁地区”に位置し、1899(明治32)年、被差別部落の住民によって設立された唯一の銀行として知られる。同銀行は大正期に「山城銀行」と改称後、1927(昭和2)年に倒産した。【(C)『私のはなし 部落のはなし』製作委員会】

マイノリティの側の抵抗は、「暴力的」「過激」だと表現される

 満若は間違いなくこの現状を知っている。もしかすれば本作は、そのようなメディア環境へ対抗するために創られたものかもしれない。そのために部落解放運動の担い手や運動に近い参加者たちの語りを撮り続けたのかもしれない。それによって、この「コワイ」部落解放運動を担ったり、その近くにいる人々の“実際の”表情や声を撮ろうとしたのかもしれない。その試みはある程度は成功している。しかし、“実際の”同盟員の姿と、「コワイ」同盟員の姿との間に、かける橋がない。言葉がない。ただ松村が、糾弾は暴力的な糾弾ではなく「学習会形式」でやっていると述べるにとどまる。しかし実際には、そのような言葉を打ち砕くようなイメージが、かなり拡散している。

 アンジェラ・デイヴィスの話に戻ろう。多くの黒人解放運動はマスメディアによって「暴力的だ」「過激だ」と表現されてきた。要するに白人は、蜂起した黒人が「コワかった」のだ。しかし実際のところ、穏健な形であれ、過激な形であれ、黒人に暴力をふるい続けたのは白人である。これがデイヴィスの回答だ。マジョリティの、ふつうの人々の側の暴力は見過ごされ、マイノリティの、ちょっと違う人々側の抵抗は「暴力的」「過激」だと表現される。この法則は、日米共通らしい。おそらく、全世界共通だろう。

 『私のはなし 部落のはなし』は、「コワイ」という感情をめぐる攻防が、いまもなお続いていることを明らかにしてくれる。「部落はコワイ」と攻撃する人々、「あなたたちはコワイ」と攻撃を受ける人々、「こっちがコワイ」と防衛する人々。攻撃も防衛も、すべて「コワイ」と括られている。この感情が本作の舞台である。これを部落についての映画であるだけではない。むしろ、差別の構造とそれが生みだす感情を描く映画なのだ。本作の主役は語りであり、攻防の舞台は感情である。そして、あなたに感情がある限り、あなたはすでにこの攻防の当事者なのだ。逃げることなど、できない。(小峰ひずみ)

映画『私のはなし 部落のはなし』

 日本に残る「部落差別」を題材にした長編ドキュメンタリー映画。現代日本には法的・制度的には存在しない“被差別部落”に対する蔑視の実態を、関西地方の当該地域に生きる若者や高齢者たちによる対話、近代被差別部落史の研究者である黒川みどり・静岡大学教授による解説、そして同和教育への批判的な動画配信等がたびたび問題視されてきた宮部龍彦に対するインタビュー等で構成されている。2022年製作、205分、配給は東風。

現在、東京都北区のミニシアター「CINEMA Chupki TABATA」(シネマ・チュプキ・タバタ)にてアンコール上映中
https://chupki.jpn.org/

作品公式サイト
https://buraku-hanashi.jp/

公式ツイッター
@buraku_hanashi

予告編
作品予告編
https://youtu.be/UJPwh–JWyM

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本作の監督、満若勇咲。1986年、京都府生まれ。屠場とそこで働く人々を描いたドキュメンタリー映画『にくのひと』(2007年)で、第1回田原総一朗ノンフィクション賞佳作を受賞。2023年2月には初のエッセイ『「私のはなし 部落のはなし」の話』(中央公論新社)を発表した。
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本作をプロデュースした映画監督の大島新。1969年、神奈川県生まれ。立憲民主党所属の衆議院議員・小川淳也の選挙活動を追ったドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年)などで知られる。父は映画監督の大島渚。

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最終更新:2023/05/15 19:00
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