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社会がみえる映画レビュー#14

『聖闘士星矢』実写映画“必殺技叫び”がなくても支持される理由と戦略的な失敗点

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 2023年4月28日から公開の映画『聖闘士星矢 The Beginning』は、残念ながら「観てもいないのに冷やかし」の対象にもなってしまっていた。

 公開されてすぐに一部の極端な酷評がSNSで拡散されてしまった上、動員に大苦戦している事実もあり、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』と間違って『聖闘士星矢 The Beginning』が上映されたことも、悪い意味で話題となってしまったのだ。

ネガティブな声ばかりが取り沙汰される流れは変わってきた

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 だが、『聖闘士星矢 The Beginning』は公開から数日が経ってから、原作の熱心なファンからの賞賛の意見が多数寄せられ、愛のこもったファンアートがTwitterに続々と投稿されるなど、評価の「流れ」が確実に変わっている印象が強い。

 賛否両論は確かにあれど、ビジュアルおよび筋肉が美しく、まるでブレイクダンスを踊るかのようにキレキレの格闘をする新田真剣佑と、超強くてカッコいい執事に扮したマーク・ダカスコスは全会一致で絶賛されているので、それだけでも劇場で観る価値が大いにあると断言する。

 そして、筆者個人としては、『聖闘士星矢 The Beginning』は作り手とキャストが真摯に取り組んだ、ファンから愛されるコンテンツの映画化の「正解」を導き出した良作として、お世辞抜きで推したいのだ。その理由を記していこう。

原作愛を感じない理由は「必殺技叫びイズム」のオミットか

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 原作の『聖闘士星矢』は1985年から連載された、世界的な人気を誇る日本の漫画。今回の実写映画化でまず興味深いのは、熱心なファンから「原作への愛を1ミリも感じない」「原作への愛を大いに感じる」まで、評価に大きなバラつきがあることだ。

 原作への愛を感じられない理由として、「必殺技叫びイズム」のオミットがある。「ペガサス流星拳」に代表される大技を決める時に叫ぶ様は、なるほど原作の『聖闘士星矢』の大きな魅力だと確かに思える。この実写映画で、いかに派手なVFXが使われたアクションがあったとしても、技名を叫ばないことにガッカリするファンの心情は理解できるのだ。

 日本の巨大ロボットをリスペクトした映画『パシフィック・リム』では、かろうじて技名を叫ぶ場面はあるものの、あまり“タメ”がないなどの理由でこの必殺技叫びイズムが発揮されていないという意見もあった(吹き替え版で増したという声もある)。日本の漫画や特撮のファンの多くがロマンを感じるであろう必殺技叫びイズムが、ハリウッド映画ではあまり受け継がれないという傾向は、なかなか興味深くはある。

 さらに、原作の熱心なファンの中には「物語そのものが違う」ことをネガティブに捉える方もいる。今回の映画での「主人公が突如として謎の集団に襲われ、命からがら大富豪の家へと招かれる」というのは、実はNetflixのアニメ『聖闘士星矢:Knights of the Zodiac』を踏襲した作劇でもあり、原作とは大いに異なる。その時点で「原作への愛を感じない」という意見が出たとしても、なるほどそれは一概に否定はできないのだ。

実写映画として飲み込みやすくするための真面目なアプローチ

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 だが、ファンだからこその「原作への愛を感じない」という、それ自体は真っ当でもある意見は、どちらかといえば少数派になりつつある。必殺技を叫ばない、大筋の物語も原作とは違う。それなのに、支持をするという声が多いのだ。

 その理由は、要所要所に原作を大いにリスペクトしたことがわかる設定やシチュエーションがあり、「そうだよ!これだよ!」「さては原作が大好きだな!」などと思えるからだろう。例えば、主人公の星矢に修行をさせる“魔鈴(マリン)”は漫画からそのまま飛び出してきたようで完璧、「石を割ろうとする」修行シーンは映画独自のコミカルな描写も挟みつつしっかり再現されている。“シエナ”というお嬢様は性格も見た目もだいぶ原作の“沙織”とは異なるものの、“女神の化身”になるにつれて髪色が紫になり原作に近づいていく印象もあった。

 原作とは異なる物語の導入部分にしても、異常な事態に巻き込まれる星矢が、数々の突飛で荒唐無稽な話を聞いて、「あんたらイカれてんのか?」などと真っ当なツッコミを入れる様が面白いし、そんな彼が次第に「本当の話」だとわかって真摯に取り組むようになっていく過程は感情移入がしやすい。星矢が生き別れの姉を見つけることを第一の目標とする様も、原作の重要な要素にフォーカスした結果だろう。

 そうしたポイントから、筆者がこの『聖闘士星矢 The Beginning』に感じたことは、何よりも「真面目」「原作をリスペクトしつつ実写映画に上手くコンバートできている」だった。超現実的な設定は実写だとすんなりとは納得しづらいだろうし、用語の説明が多すぎると(特に原作を知らない観客は)混乱してしまうからこそ、星矢を巻き込まれ型の主人公にして、かつ原作の皮肉っぽいところも受け継いだツッコミ役にするアプローチは大いに納得できるし、その後は原作の美味しい要素をしっかり再現している。

 原作をそのまま忠実に実写で再現するのではなく、原作を知らない人にも飲み込みやすい物語の立ち上りに改変して、なおかつ原作で「見たかった」シーンも、主人公の星矢の「らしさ」もしっかりと入れ込む。このバランスだからこそ、個人的には「実写映画化の正解」だと思えたのだ。

 そして、幼い頃に姉が連れさられたことに後悔を抱えていた星矢が、その自身のトラウマへ向き合う様がはっきりと描かれる場面もある。原作をよく知っている人であれば、さらなる感動もあるだろう。

新田真剣佑が主人公で、本当に良かった

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 さらに注目すべきはキャスティングだ。何よりも、日本人である新田真剣佑がハリウッド映画で堂々と主演を務めた功績はあまりに大きい。言うまでもなく原作は日本発のコンテンツであり、星矢はもちろん原作でも日本人。だからこそ「主人公が日本人であることを譲らなかった」作り手の矜持こそを賞賛したい。

 その新田真剣佑の英語の発音もネイティブそのもので、ショーン・ビーンやファムケ・ヤンセンなどのベテラン俳優にも全くひけをとらない格好良さと存在感だ。作品自体がギリシャ神話をモチーフにしていることもあってか、新田真剣佑の彫りが深くて端正な顔立ちが、まさにギリシャ彫刻そのもののように見えることもある。特に序盤の地下闘技場のアクションは圧巻で、ここでもう彼を否定する人はこの世にいないと思えた。なお、アクション・コーディネーターはジャッキー・チェンの弟子のアンディ・チャンである。

 さらに、スキンヘッドがトレードマークとも言える執事“辰巳徳丸(劇中ではマイロック)”を、やはりスキンヘッドが似合う俳優マーク・ダカスコスが超絶カッコよく演じていることもあまりに大きい。原作ではあくまでサブキャラクター、どちらかといえばコミカルで三枚目な印象があるキャラを、「世界中の人に好きにさせてみせる」と宣ったトメック・バギンスキー監督の果敢な挑戦を、好きにならざるを得ない。

なぜ無謀な公開のタイミングと公開規模になったのか

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 そのように、個人的には作り手の原作への愛を大いに感じる、キャスト陣も最高の仕事をされていると心から思える『聖闘士星矢 The Beginning』であるが、残念ながらこの映画を日本国内で売るための戦略は、完全に失敗していると言わざるを得ない。

 何しろ2週間前には『名探偵コナン 黒鉄の魚影』、1週間前は『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』、同日公開は『ザ・スーパーマリオ・ブラザーズ』、さらに5日後に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』も公開という、前にも後にも超話題作ばかり。それでも、『聖闘士星矢』の他メディアの展開がほとんどないまま、なんと324館という大規模な公開に踏み切ってしまったのだ。

 なぜこの無謀でしかない公開タイミングと公開規模だったのか。推測でしかないが、同じく少年ジャンプ連載の漫画の映画化作品『THE FIRST SLAM DUNK』が、宣伝がごく限られていた中でも超大ヒットになったこともあるのではないか。だが、この2020年代での両者の日本での人気は大きく離れているし、実写映画とアニメという違いもある。明らかに別の戦略が必要だったはずだ。

 その『THE FIRST SLAM DUNK』は、ゴールデンウィーク中は1日1回か2回上映に限られたこともあり満席が続出、観たくても観られない人がたくさんいた。鑑賞機会を逃してしまう、非常にもったいないことにもなっていたのだ。

 『聖闘士星矢』はヨーロッパやアジアでも人気があるので、日本では宣伝の少なさに見合うごく小規模の公開にとどめておいたり、せめてアメリカと同じ5月12日かそれ以降の公開にしてみれば、もう少しだけでも『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』との比較で貶められたり、揶揄されることもなかっただろう。この『聖闘士星矢 The Beginning』の送り手には、反省をしていただきたいところだ。

「爆死」という言い方は大嫌い

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 『聖闘士星矢 The Beginning』が一部の人から酷評されてしまうことも、劇場がガラガラという報告が寄せられることも、致し方ないと思っている筆者でも、これだけは大嫌いだと思うことがある。それは、「爆死」という言葉を使って、不入りを嘲笑するようなムードだ。端的に言って、これを目にするたびに「死んでねぇよ!」と思うのだ。

 事実、劇場公開が始まった当初の動員が振るわなくても、後に名作として語られたり、あるいは口コミで動員を増やしたりする映画はたくさんある。たとえ、興行的かつ批評的に失敗作であっても、作り手自身が反省を後の作品に生かしたり、他のクリエイターがその失敗作にもあったノウハウから学ぶこともある。何より、そうした失敗作であっても、作品は間違いなくこの世に残り続けるし、誰かから酷評されたとしてもその作品を愛している人も確実にいる。映画に限らず創作物は「死なない」のだ。

 そうであるのに、ただ動員に苦戦していることを、爆死という「もう終わり」のような言い方をするのは、「叩いていいと認識した作品に向けての弱いものイジメ」のように思えるため、さすがに我慢がならない。あくまで個人的な意見ではあるが、爆死という言葉は不適切極まりないので、やめたほうがいいと提言したい。言うまでもなく、「観てもいないのに冷やかし」もやめるべき、観てから作品の評価をするべきだ。

 筆者個人としては、『聖闘士星矢 The Beginning』が完璧な映画だとは言わない。1本の映画としてみると、中盤は主人公と敵側の事情を交互に描き、海辺で心情を語る場面が多くあるため、どうしてもテンポの悪さを感じてしまったというのも正直なところだ。そのように丁寧すぎるところがあると思いきや、悪い意味でのツッコミどころが多く出てきてしまっている、脚本のツメの甘さも指摘せざるを得ない。物語が邦題通り、まさに「始まり」のみを描いているため、物足りなさを覚える方もいるだろう。

 それでも、筆者は『聖闘士星矢 The Beginning』が大好きだ。残念ながら現時点で早くも上映回数が激減し、1日1回上映の劇場がほとんどになってしまったが、まだ間に合う。決して死んでなどいない、単なる失敗作だとも言わせない、きっと新田真剣佑の今後にもつながる、この作り手の愛情とリスペクトたっぷりの、実写映画化への誠実なアプローチをした良作を、ぜひ劇場で見逃さないでほしい。

『聖闘士星矢 The Beginning』4月28日(金)全国公開
監督:トメック・バギンスキー
原作:車田正美「聖闘士星矢」
脚本:ジョシュ・キャンベル&マット・ストゥーケン AND キール・マーレイ
キャスト:新田真剣佑、ファムケ・ヤンセン、マディソン・アイズマン、ディエゴ・ティノコ、マーク・ダカスコス、ニック・スタール、ショーン・ビーン
製作:東映アニメーション
日本配給:東映
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ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/05/14 06:00
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