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軍事独裁政権下のチリで乳児連れ去り、欧米で養子に…組織的な人身売買の実態

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 軍事独裁政権下で生まれたばかりの乳児が病院からさらわれ、勝手に養子にされていた。役人や医師、裁判官らが共謀し、欧米に送られた。9月11日、南米チリではピノチェト将軍による軍事クーデターから50年を迎えた。米国が支援した独裁政権下では乳児の連れ去りが組織的に行われた。チリでは軍政に反対する多くの市民が逮捕され、処刑、拷問の犠牲となったが、軍政の闇は乳児にものしかかっていた。

 チリでは1970年、民主的な選挙によってアジェンデ大統領率いる左翼政権が誕生した。最大産業である銅採掘の国有化や土地制度の見直しなど、強固な社会主義政策が導入された。このため左右両派の政治的対立が先鋭化し、経済は混乱した。

 東西冷戦の只中、ラテンアメリカでの社会主義化の拡大を食い止めたい米国は、アジェンデ政権打倒に向けた秘密工作を繰り広げた。CIA(米中央情報部)はアジェンデ政権に反対する民間企業や軍に深く入り込み、社会情勢を不安定にさせる陰謀に多額の資金を投入した。

 1973年9月11日、ピノチェト将軍率いる軍がクーデターを決行した。投降を拒否するアジェンデ大統領がいる大統領宮殿を空爆するなどして実権を掌握、16年以上に及ぶ悪名高い軍事独裁政権がスタートした。アジェンデ大統領は、軍が大統領宮殿になだれ込む直前に自殺したとされている。

 このクーデターを題材にした映画「サンチャゴに雨が降る」(1975年、フランス・ブルガリア合作)は各国で上映され、ピノチェト独裁政権とそれを庇護する米国に対する強い怒りが世界に広がった。

 そのチリで、生まれたばかりの乳児が病院から連れ去られ、欧米で養子縁組されるという「人身売買」が組織的に繰り返されていた。チリではピノチェト独裁政権が誕生する以前の1960年代から連れ去りがあったとされるが、独裁政権になって本格化した。これまでの調べでは連れ去られた乳児は2万人を超えるといわれる。

 病院で出産直後、検査などの名目で母子が離れた際、乳児が連れ出された。病院は母親には「赤ちゃんが病気で死亡した。既に荼毘(だび)に付された」と説明していた。軍事独裁政権の元で医師や看護師、ソーシャルワーカー、教会の聖職者、裁判官らが共謀していたため、おかしいと思った親が訴えても誰も取り合わなかった。

 主に先住民のマプチェ族ら低所得層や母子家庭が標的となったとされ、連れ去られた乳児は米国やカナダ、オランダ、ベルギー、フランス、イタリア、ドイツなどで強制的に養子縁組され、事情を知らされていない養子希望者の親に育てられた。

 一連の流れの中で、関係者は報酬や賄賂を得ていたとされ、軍政下での「人身売買」の仕組みが出来上がっていた。

 この事実は1990年にチリが民政化された後も、しばらく表面化しなかったが、2014年、チリの報道機関が報じたことで世界が知ることとなった。自分がチリで生まれたと聞かされていた人々が続々と調査団体に名乗り出た。チリの支援者組織によるとこれまでに約650人が実の親との対面を果たしたという。8月にも米バージニア州に済む42歳の男性が、チリ中部のバルディビアに住む実の母親と再会し、米国で広く報じられた。

 ピノチェト独裁政権は民主化を訴える市民を容赦なく弾圧した。逮捕、処刑、拷問が繰り返され、4万175人が思想弾圧の対象となった。このうち3000人以上が死亡、現在も1469人の消息が分かっていない。

 ピノチェト独裁政権が乳児の連れ去りを組織的に行ったのは、少しでも貧困層を少なく見せるためだったという。貧困層の乳児を国外に連れ出してしまうことで、貧困層の人口を抑え、経済政策が成功していることを世界に知らしめようとした。

 独裁政権による乳児連れ去りはチリだけではない。隣国アルゼンチンでは1976年から1983年まで軍事独裁政権だったが、この間、約3万人が弾圧の対象となり逮捕、処刑、拷問された。

 政治犯を収容する刑務所で反体制派の女性が出産すると、その乳児をすぐに取り上げ、母親は処刑された。乳児は軍関係者や独裁政権の支持者らの養子となり、独裁政権に忠誠を誓うように育てられた。

 実の親から引き離された乳児は少なくとも500人はいるとされている。これまで、このうちの130人が実の親と再会した。

 スペインでは1936年から1975年までフランコ独裁体制が続いた。反体制派の子供が独裁体制に反対する思想を持たないよう、政権は思想弾圧の対象となった国民が生んだ乳児を出生後すぐに連れ去った。その数は30万人を超えるといわれる。

 いずれのケースも悪行の実態は十分に解明されておらず、独裁政権の闇は今も世界にのしかかっている。

言問通(フリージャーナリスト)

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆

ことといとおる

最終更新:2023/09/13 08:00
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