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『ザ・ノンフィクション』心を病んだ相方の復帰を待ち続けた松本ハウスの物語

[入稿済み]松本ハウスさんの記事の画像1
松本ハウス サンミュージック 公式サイトより

 僕には昔から好きで、良く見ている番組がいくつかある。その一つがフジテレビ系で放送されている『ザ・ノンフィクション』だ。

 現在、一部の放送局でしか放送されていない為、ご存知ない方もいるかもしれないので、補足しておくと、この番組は市井の人々に注目し、その人々が人生に悪戦苦闘しながらも情熱を持って生きる姿を取り上げるドキュメンタリー番組である。

 時には著名人を取り上げることもあり、通常の番組では見ることのできない素のリアルな姿を映し出すので、他番組とは一線を画している。

 そんな『ザ・ノンフィクション』だが、芸人を取材対象とすることもしばしばみられるのだ。コンビ結成44年目で、2017年には紫綬褒章も受賞したベテラン夫婦漫才師「宮川大助・花子」師匠の闘病生活を追いながら、舞台への復活までを記録したものや、女性として生を受けたが性自認が男性であることに悩み続け、高校卒業と同時に「芸人になりたい」そして「男性になりたい」と上京し、現在も芸人として活動している「幸世」さんなど、取り上げる芸人はベテランから若手まで幅広いものとなっている。

 9月10日に放送された回も、とある芸人が取り上げられた。テーマタイトルは「人生と笑いと震える手~相方が心を病んだ時~」というもので、今回取材対象となったのは、心の病により10年間の活動休止を経て、再び活動を再開しもう一度芸人としての成功を目指すコンビ「松本ハウス」さんだ。

 「松本ハウス」さんと言えばツッコミの「松本キック」さん、ボケの「ハウス加賀谷」さんから成るお笑いコンビで、90年代にフジテレビ系で放送されていた「ボキャブラ天国」の出演で一躍ブレイクした経歴をもつお二人である。しかし人気絶頂の最中、ボケのハウス加賀谷さんが統合失調症を悪化させてしまい、長期入院することとなり、休止を余儀なくされた。残されたキックさんはお芝居の仕事をしたり、ピンネタを披露したり、ひとりで出来ることをやりながら加賀谷さんの復活を待った。そして休止から10年が経った2009年に加賀谷さんから「活動を再開したい」との連絡があり、再び「松本ハウス」として動き出したのだ。

 今回の放送では、心の病と戦う「ハウス加賀谷」さんではなく、加賀谷さんを待ち、孤軍奮闘し続けていた「松本キック」さんがクローズアップされており、キックさんの私生活が今回の放送の主題となっていた。

 キックさんは現在ご結婚されていて、お子さんが2人いる。都内の家賃15万円の一軒家に家族4人で住んでおり、撮影当時はコロナ関係の電話受付のバイトを週5日で働き、共働きの奥様との収入を合わせて何とかギリギリ生活している状態だった。これを踏まえると芸人としての稼ぎはほとんど無いのが容易にわかる。放送上でも所属事務所である「サンミュージック」から渡される芸人としての給料は「64円」しかなく、その他、ライブ等でもらう取っ払いのギャラも微々たるものだった。

 余談だが放送ではライブギャラが1人5000円ほど貰っていたが、これは破格だ。現在お笑い芸人がお金を払ってライブに出演する時代。コンビで1万円もらえるライブは奇跡的なライブなのだ。だからといってもちろんそのギャラで生活できるわけがない。毎日のように単価が高いライブに出られるならもしかしたら生活できるかもしれないが、松本ハウスさんが定期的に出演しているライブは月に1本しかないようだ。

 なので到底生活出来るわけがないのだ。松本ハウスさんくらいのキャリアと知名度があればもっと積極的にライブに出たり、再結成のニュースを利用し、テレビのネタ番組のオーディションなどに意欲的に参加すれば、今よりもっと芸人としての活動がありそうなものだが、それが出来ない理由があった。それは加賀谷さんの病気が完全に良くなったわけではなく、テーマタイトルに記されているように、今も手は震え、病気の影響からかネタを覚えるのも困難。さらに舞台上で体調が悪くなってしまうこともあるそうだ。

 再結成した「松本ハウス」は以前の形を踏襲しながらも、休止前と完全に同じ形ではなく、加賀谷さんの体調に配慮した形となっている。その最たるものがネタが”即興漫才”であるというところだ。

 お笑いをやっていた身として痛感するが、即興漫才ほど怖いものはない。しかもボケである加賀谷さんは元々アドリブに強いイメージもなく、さらに加賀谷さんが披露する芸風は見た目と若干のギャップがあり、お客さんが求めているものとほんの少し乖離しているのだ。そうなると加賀谷さんが発した言葉がお客さんの中で笑いに変換するまでにタイムラグがあり、完璧に決まっているネタよりも笑いの初速が遅くなってしまったり、笑い自体が少なくなってしまうのだ。そう考えると、この当時の「松本ハウス」はまだ本意気ではなく、キックさん的には「松本ハウス」になる為のリハビリ期間という意識だったのではないだろうか。その証拠に番組後半ではキックさんが加賀谷さんの体調を考慮した上でネタを覚える事が出来ると判断し松本ハウスの単独ライブを決行することを決めるのだ。

 そして実際に単独ライブが行われた。この番組はお笑いの番組では無いのでライブの詳細もライブ終わりの2人の様子もそこまで映し出されなかったので、ライブ自体がどの程度の出来で、どの程度満足したかまではわからないが、どれだけ課題があったとしても、新たな一歩を踏み出したという部分では、大満足だっただろう。

 コンビとしては一歩踏み出したお二人だが、今回はキックさんの私生活が主題だ。私生活は決して順風満帆ではない。

 松本家にとって大事な収入源であった奥様が突然職を失った。あまり細かくどの程度ダメージがあったかは描かれなかったが、まったく別の仕事で再就職することが出来き、安心したのもつかの間。今度はキックさんのバイトが満了ということで仕事自体がなくなってしまうことになったのだ。

 一難去ってまた一難。これも細かく描かれなかったのでそのダメージを知る由もないが、何とか新しいバイトを見つけることが出来た。コロナ関係の時給が良かっただけに、今までの生活と同水準の生活が維持できるかはわからないが、とにかく働き口が見つかったのは一安心だ。番組の最後には「統合失調症」への理解を広めるような講演をするお二人の姿が映し出され、さらに移動は在来線だった。

 バラエティ番組の芸人のようにふざけるわけでもなく、微笑ましく在来線に乗る姿。ブレイクしていたことを踏まえると、当時は指定席のある駅を何個も飛ばすような電車が用意されていただろう。しかしブレイクから遠ざかり、昔とは違うリアルな現状を目の当たりにして、落ち込むこともあったはず。しかし現状をしっかりと受け止め、真っ直ぐなお笑いでなくとも、仕事があるということの大切さを踏まえ、愚直に邁進しているお二人の姿には、本当に胸が熱くなった。

 この番組をきかっけにお笑いコンビ「松本ハウス」がバラエティ番組に引っ張りだこになることはないだろう。しかしキックさんの相方愛、とお笑い愛、そして統合失調症と戦う加賀谷さんの姿は、お笑い以外の仕事が舞い込んでくるのは間違いない。

 今の芸人は昔ほど定まった形がないものだ。なので「松本ハウス」という新しい芸人像をこれから作り上げて欲しいと願っている。

 ちなみに家賃が15万円、家族四人で美容室代が28000円。薄っすら生活水準の高さが見える辺りも、ブレイクしたことがある芸人らしくて、とても好きだ。

 仕事が少なく、バイトを一生懸命し、結婚して子供がいて、奥さんが応援してくれていて、子供たちが素直で、試行錯誤しながら苦しいながらも楽しくお笑いをしている。今回の放送ほどリアルな芸人の姿を映し出しているのは珍しい。もし見ることが出来るならぜひ一度見ていただきたい回である。

檜山 豊(元お笑いコンビ・ホームチーム)

1996年お笑いコンビ「ホーム・チーム」を結成。NHK『爆笑オンエアバトル』には、ゴールドバトラーに認定された。 また、役者として『人にやさしく』(フジテレビ系)や映画『雨あがる』などに出演。2010年にコンビを解散しその後、 演劇集団「チームギンクラ」を結成。現在は舞台の脚本や番組の企画などのほか、お笑い芸人のネタ見せなども行っている。 また、企業向けセミナーで講師なども務めている。

Twitter:@@hiyama_yutaka

【劇団チーム・ギンクラ】

ひやまゆたか

最終更新:2023/09/24 12:27
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