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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.559

ネトフリ“全裸監督”は序章にすぎなかった!? 借金50億円からの脱出『M 村西とおる 狂熱の日々』

裸の王様、ここにあり

「AV界の帝王」と呼ばれた村西監督。ハメ撮り、駅弁ファック、顔射などの独自スタイルで黄金時代を築いたが……。

 村西は夏の北海道が大好きだった。北国の夏はとても短いが、そんなはかなさを村西は愛していた。また、北海道は村西が「北大神田書店」という裏本の販売網をつくって村西伝説の第一章を生み出した出発点でもある。思い入れの強い北海道での復活を、村西は考えていた。

 北海道の広々とした大草原を、40人近い全裸の女の子たちが列をつくって歩き、馬跳びをし、童謡を合唱する。異様な光景である。しかも、ヘアヌードビデオの撮影と同時に、超大作Vシネマも監督しなくてはならない。だが、脚本はまだ白紙状態。あまりにも無謀な強行軍だった。

 おそらく、絶頂期の村西だったら、こんな無茶なスケジュールでも乗り切ってみせただろう。才能とパワーみなぎる村西のもとには、知性と淫乱さのギャップが魅力だった黒木香、巨乳ブームを巻き起こした松坂季実子、メガネ美女の野坂なつみ、アイドル級のルックスを誇った桜樹ルイ……といった逸材が次々と集まった。だが、今回の北海道ロケのために掻き集められたヌードモデルたちは、どうもパッとしない。現場が寒々しいのは、北海道の気候のせいだけではなかった。

 撮影現場の雰囲気は最悪だった。全裸姿で草原を歩かせられていたモデルたちは、プロ意識が薄く、撮影スケジュールがグダグダなことに文句をつける。黒木香は「圧倒的な才能には屈服するしかありません」と村西のことを評したが、以前のような神通力は村西から失われている。Vシネマの脚本がまとらず、徹夜続きだった村西はブチ切れてしまう。撮影現場だけでなく、宿泊先のホテルにも気まずい空気が流れる。結局、村西の気に入らないモデルたちは退場を命じられる。そのことからスタッフ間にも亀裂が生じ、現場のテンションはますます下がっていく。まさに泥沼状態、負のスパイラルだった。

 ヘアヌードビデオの撮影がうまく進まず、Vシネマもトラブルが続出する。クランクイン直前になって、男優の配役が入れ替わり、メインキャストから外された男優は東京へ帰ると言い出す。撮影本番では女優の直前で止まるはずだった劇車のブレーキが効かず、女優を轢いてしまう大アクシデントに見舞われる。現場はもうトラブルの連続。それでも村西はカメラを回すことを諦めようとしない。

 ヌードモデルたちを引き連れた村西は、人里離れた渓流を登っていく。このシーンで流れるBGMは、ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」だ。村西が『地獄の黙示録』(79)のカーツ大佐(マーロン・ブランド)に思えてくる。どんなにボロボロの落ち目のAV監督でも、村西はこのヘアヌードビデオとVシネマの撮影現場を仕切る最高責任者であり、絶対的な権力を持つ王さまなのだ。王さまに逆らう者は容赦なく、王国から追放される。でも、体を張って王国のために尽くす女の子には、王さまは優しい言葉でねぎらうことを忘れない。Vシネマの撮影では、村西はアイパッチ姿の悪役を楽しげに演じてみせる。裸の王さま、ここにあり。50億円もの借金を抱えている男とは、到底思えない。

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