深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.566

国民的ヒーローが爆弾魔にされた実録冤罪事件! 名もなき英雄の墓標『リチャード・ジュエル』

英雄と犯罪者は紙一重の違い?

渦中の人となったリチャードにマスコミが殺到。興味本位の報道を続けるマスメディアによって、リチャードは日常生活を送ることができなくなってしまう。

 リチャードはふくよかな体形だったことから、マスコミは女性にモテない貧困層の白人が人気者になろうと考えて爆弾を仕掛けたに違いないと決めつけて報道した。母親ボビと2人で暮らしていたことも、母親から離れることができずにいるマザコン気質だと報じられてしまう。ものすごい手の平返しだ。リチャードとボビが暮らすアパートにはマスコミが殺到し、平穏な日常生活を送ることができなくなってしまう。

 FBIは犯人の早期逮捕に焦っていた。また、ニュースの速報性を重視するマスコミは、裏付け取材することなく刺激的な記事を流してしまう。スクープをモノにしたキャシー記者の言い分はこうだ。「FBIがリチャードを疑っていたのは事実。事実をそのまま伝えただけだ」と。推定無罪どころか、リチャードは逮捕すらされていないにもかかわらず、世間はマスコミの報道内容をそのまま信じてしまう。かくしてリチャードは、冤罪事件の犠牲者となってしまった。

 リチャードとは旧知の仲だった弁護士のワトソン(サム・ロックウェル)が駆け付けるが、不利なシチュエーションに思わず頭を抱える。リチャードには過去に逮捕歴があった。また、リチャードの寝室には軍隊ばりの銃器類がコレクションされていた。さらには、リチャードは数年分の納税を怠っていた。FBIがクロ認定するのに充分な状況証拠がそろっていた。

 お人好しなリチャードは自分が容疑者扱いされているのに、それでもFBIの捜査に全面協力しようとする。幼い頃に両親が離婚し、定職に就くこともできずにいる。甘い物が大好きで、肥満体。ホワイト・トラッシュの生活そのものだ。そんな中、リチャードは苦労して自分を育ててくれた母親のボビをはじめ、みんなを守ることができる警察官になることに憧れ続けていた。だが、その憧れの対象である警察が、リチャードとボビを苦しめることになる。

 本作で監督作40作を数えることになるクリント・イーストウッド監督。90歳になっても、演出には淀みがまったくない。世間から英雄と呼ばれた人間の内面をグイグイと描いていく。本作と同じく実録ドラマである『15時17分、パリ行き』(18)でも、無差別テロに立ち向かう若者を主人公にしていた。『15時17分、パリ行き』の主人公たち3人は学校の落ちこぼれ仲間で、実社会でも居場所を見つけることができずに燻っていた。そんな彼らが欧州での休暇中にたまたまテロ襲撃に遭遇し、丸腰でテロに立ち向かうことになる。

 人生の曲がり角をどこかで間違えていれば、彼らも犯罪者になっていたかもしれないという危うさが『15時17分、パリ行き』には漂っていた。イーストウッド作品において、英雄と犯罪者は紙一重の違いでしかない。英雄と犯罪者とを分けているものはなんだろうか。

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