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「オナニーは体に悪い」子どもの性欲をめぐる近代日本のトンデモ教育論と現代への余波

性的逸脱を抑圧するが、性暴力からは守らない

 

――この本を読みながら、「子どもが性的対象にされることへの忌避感・嫌悪感」と「子ども自体が性欲を抱くこと」は別の話なのに、現代では両方ごっちゃにして否定されがちなんだなと気づきました。前者はわかりますが、後者も大人から子どもへの抑圧・矯正対象になっている。「別にあってもいい」「自然にあるもの」と認めて教えてあげる人がほぼいなかったし、今も少ない。これは子どもにとっては窮屈だし、悩んでいる子もいるだろうなと思いましたが、いかがでしょうか?

小泉 そういった側面はあると思います。現代のリベラル系の性教育論者でも、幼児期の性行動に対して「プライベートな空間では放っておいてもいいけど、公の場では気をそらさせよう」といったように、柔らかくやめさせようとする傾向があります。リベラル性教育の基本スタンスは「悪い性情報、悪い性欲の抱き方、アダルトビデオ的なセックスはダメ」「子どもに大人のような性が貼り付くことで生まれる性被害から遠ざける」であって、それはもちろん重要です。ただ、本心では子どもの性欲そのものを快く認めてはいないのではないかな、と感じることがあります。もし性的に奔放な子がいたとしても、「親の虐待が理由だ」などと“病気”“傷物”扱い、“治療対象”になって、欲求自体が悪いものにされがちです。それで本当にいいのかという気はします。なかなか答えは出ませんが。

――小泉さんの本を読む限り、明治~大正期の子どもの性の議論では「性的暴力から守ろう」という話は全然出てこないですよね? 「子どもの性的逸脱を抑制・矯正しよう」という考えばかりです。

小泉 「逸脱させないように」という潮流は近代に入ってから今までずっと残っていますね。「性犯罪から守る」という視点が性教育に目立つ形で出てきたのは――確実なことは言えないのですが――戦後しばらく経ってからのはずです。1980年代にはもう出てきていると思いますが、いずれにしても最近の話です。

――そこからも当時の子どもがどんな扱いをされてきたのか、考えさせられます。これも本に出てこなかったので訊きたいのですが、明治~大正期には子どもの性に対する法的・政治的介入はなかったんですか?

小泉 諸外国の性教育・性科学の文献では必ず性交同意年齢の議論が出てきます。例えば、同時代のイギリスでは盛んにありました。また、欧米が植民地にしていた特定の国では結婚年齢が12~3歳、中には8歳からでしたが、そういう早婚やそれに伴って起こる早期妊娠の習慣を1800年代後半から批判していたし、今もしています。ところが、イギリスも性交同意年齢はその頃は13歳からだったんですよね(笑)。国内における子どもへの性暴力が問題化していたわけです。だからこそ国内で「これ、どうやねん」と性交同意年齢に関する議論が生じています。

 他方で、日本ではどこまでそういう議論があったのか、その前提となる早婚や子どもの性交の実態がつかめない。澁谷智知美さんの研究では思春期を超えれば明治期から「学生風紀頽廃問題」があったそうですが、それより下の年齢になると見えてきません。東北では婚約を子どもの頃にして大人になったら実際にその家に嫁ぐ「足入れ婚」が行われている地域があったという話はあるものの、幼少期の婚姻段階から性行為が実態として頻繁にあったかはわからない。「あまり若いうちに子どもを産むと、まともな子どもが育たない」と早婚を批判する言説はある一方、「実態として横行しているから問題だ」という議論はほぼ見ない。ですから、国家の規制と幼児期の性の関係はあまり見えなかったんです。

――こうして並べていくと、教育の名のもとに子どもを“抑圧”はするが、政治や社会レベルで“庇護”すべき存在とは正直思っていない、という日本近代のありようが見える気がします。ちなみに、2019年から20年にかけて思春期以前の子ども向けの性教育本(親へ性教育法をレクチャーするもの)がいくつか出ていますが、それらについて研究者としてどう見ていますか?

小泉 「もう少し統一した見解を示してほしい」と言いたくなるくらい玉石混淆で、議論が成熟していないな、と。私が問題視しているのは、性別役割分業観が色濃くあるという点です。ものによっては性別役割分業観が出ないように工夫を凝らしたものもありますが、無視しているものも少なくない。そもそも、なぜ今たくさん本が出ているのかといえば、18年にユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」が改訂され、SDGsの5番目の目標が「ジェンダー平等の実現」である、といった国際的な流れからだと思います。にもかかわらず、挿絵からして「幼児教育の主体は母親」になっていたりする。論理的な整合性が取れてないやないか、と。

 このあたりの問題については、来年に論文化するつもりでいます。ですので、詳しいことはここでは言えませんが、現代の性教育についても注視しています。

●プロフィール
小泉友則(こいずみ・とものり)
1987年生まれ。2012年3月、京都精華大学人文学研究科人文学専攻修了。15年4月、日本学術振興会特別研究員(DC2)。18年3月、総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究修了。博士学位取得(学術)。現在は関西大学、立命館大学、京都精華大学、京都文教大学、神戸看護専門学校で非常勤講師を務める。また、世界人権問題研究センター登録研究員。専門はジェンダー・セクシュアリティと教育研究。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

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最終更新:2020/12/05 18:00
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