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「オナニーは体に悪い」子どもの性欲をめぐる近代日本のトンデモ教育論と現代への余波

「無垢な子ども」像と「子どもの性欲おじさん」

 

――本の冒頭に、日本の児童観や児童文化に関する歴史・教育史研究においてセクシュアリティへの関心からのアプローチはまず見られない、とありますが、なぜそうなってしまったのでしょうか? 思春期以降の年齢の研究は、実はすでにあるわけですよね。
小泉 その理由は考えると難しいですね。日本では、民俗学や風俗史研究の中で子どもの性が学問的関心+覗き見的関心から焦点を当てられた時代もありました。しかし、そうした研究も、近年はそれほどみられません。小谷野敦さんが「過去の日本社会は性的に奔放だった」という“江戸幻想”を2000年代に集中的に批判して以降は、史料・史実に沿わない方法でセクシュアリティを記述するのは雑だという空気にはなったんじゃないかなと思います。

 また、子どもの性に関する近代以降の史料は基本的に「ない」といわれてきました。ところが、私が修士論文を書くにあたって性別役割分業的な教育の歴史を調べていく過程で「明治期からめちゃくちゃあるやないか」と気づきました。性の“実態”がどうだったかについては確かなことが言えるレベルでは存在していませんが、子どもの性をどうとらえ、どう教育すべきかという“議論”は膨大にあった。

 おそらく、私以外にもその存在を知っていた人は実はいたはずです。では、なぜ手を付けなかったのか。もともと児童観を研究する人は「無垢な子ども」像が好きで、性に関するものを扱いきれないのかもしれません。

 また、日本はそもそもセクシュアリティやジェンダー研究は学問的に主流ではなく、研究したところでアカデミズムの中でポジションを得られるかというと微妙です。まして子どもの性を扱うとなると、職業的リスクも懸念する――私も感じなくはない――からではないかと。

――日本で特にタブーになっていると。ほかの国ではどうなんでしょうか?

小泉 欧米、特にドイツなどでは性の歴史に関する非常に分厚い研究書は刊行されていて、日本でも定期的に翻訳されています。ところが、日本発では諸外国に比べてあまりない。ですから、この分野を開拓したいとずっと思っていました。

 ただ、よく誤解されるのですが、私は「子どもの性そのもの」には関心がないんですね。自分では記録や言説を残せない――大人から声を奪われている――子どもの性が、大人から「どう語られてきたか」が問題関心なんです。でも、学会で研究を発表すると、質疑応答が終わった後にふらっと中高年の男性研究者が私のところに来て、「実は子どもの性の実態に興味があって……」ともぞもぞ言ってくるようなことが何度もありまして。学術的関心なのか下世話な興味なのかわかりませんけど、これはしんどいなと。

――(苦笑)。

小泉 ひどいときには「君、ロリコンなんでしょ」と言われる。「子どもの性を学問的に考える」と言ったときに、「性そのものに着目すべき」という視点になってしまう。これは、なぜなのか。そういう「子どもの性欲おじさん」を生み出したのは誰なのか。それを明らかにしたいという動機も研究しながら芽生えてきました。

――突き止められましたか?

小泉 近代に入って、日本の研究者は海外の文献から「子どもにも性欲があるらしい」と知りました。そこで何が起こったか。研究者による「子どもの性欲探し」です。「どの行動が性欲と関係しているのか?」と。ということは、研究者にとっては子どもに性欲があるほうが嬉しいわけです。だから、「子どもの性そのもの」を探求することが研究的には標準的な態度になってしまった。それが下世話な関心や「近代以前は性欲が奔放だった」というイメージとも結びついて、今の「子どもの性欲おじさん」にまでずっと続いている。

 しかし、「近代以前は性欲が奔放」という発想は、明治期に入ってきた優生学的な考え方が大元にあります。欧米人がインドの早婚の習慣などを見て抱いた「未開社会に住む野蛮人は性的に奔放だ」「我々は近代化したから抑えられている」「(ヨーロッパから見て南にあり、植民地となっていた)熱帯地域に住むと性的に早熟になる」といった考えがルーツのひとつなんです。それが日本でも流通し、性に関する科学に採り入れられていた。ですから、「子どもの性そのものへの関心」というのは、ロリータコンプレックス的なものと関係あるだけでなく、人種や地域差別とも切り離せない根深い問題なんです。

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