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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.626

沖縄の記者には追えなかった地域社会のタブー!! 「私宅監置」の実情に迫った『夜明け前のうた』

社会的存在を認められず、顔にぼかしを入れられた人たち

私宅監置された人たちは社会的に存在を認められず、TVでは顔をぼかす形で放送された。

 日本本土では戦後間もなく廃止された私宅監置は、なぜ沖縄では1970年代まで続いたのか。沖縄が日本に復帰したのは1972年。沖縄を統治していた米軍は感染症対策を優先し、精神保健に対してはおざなりだった。沖縄にも1950年代から精神病院はできていたが、保険制度はなく、入院費用を賄うのは大変な苦労だった。そのため、家族の手によって私宅監置、もしくは公営の監置所に入れざるをえないという事情があった。戦後、沖縄での精神病の発症数は日本本土の2倍だったという調査結果も残されている。太平洋戦争最大の激戦だった沖縄戦がトラウマとなり、戦後も米軍とのトラブルからPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースも多かったようだ。自宅裏に監置小屋を建て、身内を閉じ込めて暮らす生活は家族にとっても胸が潰れる思いだったに違いない。

 本作を撮った原監督は東京などでTVドキュメンタリーのディレクターとして活躍し、2005年からは沖縄に移住。劇場公開は初となる本作の中では監置小屋だけでなく、小屋の中で過ごす人たちの顔が分かる写真も紹介している。カメラに写った彼らのまなざしは、絶望がもたらす闇の深さを感じさせる。

 原監督が本作を撮ることになった大きなきっかけは、2011年に琉球放送で制作した『隔離の現在(いま) 精神障害者とともに生きるには』を手掛けたことだった。このときの取材で原監督は、かつて琉球大学に勤めていた医学博士・吉川武彦さんから私宅監置の記録写真を見せられた。これらの写真は1964年に米軍統治下の沖縄における精神医療の実情を調査した精神科医・岡庭武さんが撮ったものだった。

 岡庭さんから写真を託されていた吉川さんは、プライバシー保護のために写真を公開することはしなかった。ドキュメンタリー番組『隔離の現在』は、顔写真にぼかしを入れた形での放送となった。原監督は当時のことをこう振り返っている。

「TV放送したドキュメンタリー番組では、深く考えずに吉川さんに言われたままに顔写真にぼかしを入れました。でも、社会から隔離され、自分たちの存在をなかったことにされてしまった人たちの無念さを考えると、顔にぼかしを入れたことは軽薄な行為だったのではないかと後悔しています。人権上の問題だと言うけれども、いったい誰の人権を守っているのか。障害者たちに配慮していますよというポーズを見せ、番組を放送している自分たちを守るためのものだったのではないのか。写真はちゃんと世に出すべきだと、放送後に考えるようになったんです」

 2016年、原監督に電話があった。写真を持っていた吉川さんが2015年に亡くなっていたことを、その電話で知る。吉川さんが所有していた資料は膨大な量に及び、私宅監置に関する写真がどこにあるのかはもはや不明となっていた。原監督が取材時に撮っていた映像データ上の画像だけが、唯一使うことが可能だった。原監督は写真に写っていた本人たちから許可をもらうために沖縄の島々を回った。手掛かりは写真に記されていた名前と監置小屋のあった場所の簡単なメモだけ。那覇のような都会では難しいが、離島なら探し出せる可能性はある。原監督は探偵さながらに、同じ名前の家を一軒一軒訪ねて回った。

 ようやく探し当てても、本人はすでに亡くなり、遺族からは「帰れ!」と怒鳴られることもあった。それでも、原監督は社会からいなかったことにされた人たちの生きていた証を求めて、彼らの消息と島に残る監置小屋を追い続けた。

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