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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.626

沖縄の記者には追えなかった地域社会のタブー!! 「私宅監置」の実情に迫った『夜明け前のうた』

文=長野辰次(ながの・たつじ)

沖縄での「私宅監置」の実情を記録した写真。1972年まで沖縄では私宅監置制度が続いた。

 私宅監置という言葉を聞いたことはあるだろうか? 精神障害者を自宅の一室や小屋に閉じ込めることを認めた、明治から昭和にまで日本に存在した法制度のことだ。1900年(明治33年)に「精神病者監護法」が制定され、精神障害者たちは家族の手によって私宅監置することが法的に許された。行政に届けることが義務づけられていたが、曖昧な場合も少なくなかったようだ。いわば、かつての“座敷牢”であるこの制度は、地域社会におけるタブーでもあった。

 終戦後、1950年には「精神衛生法」が新たに施行され、日本本土では精神障害者たちの人権をそこなう私宅監置は禁止となる。だが米軍による統治が続いた沖縄では、私宅監置はそのまま容認され、1972年まで続くことになった。ドキュメンタリー映画『夜明け前のうた 消された沖縄の障害者』は、沖縄における私宅監置の実情、監置小屋に入れられた障害者たちがどのような生涯を送ったのかを伝えている。愛知県名古屋市出身、フリーランスディレクターの原義和監督が、沖縄の島々をめぐって撮り上げた労作となっている。

 八重山の離島で生まれ育った女性・藤さんは、自宅裏の丸太小屋に10年にわたって監置された。若い頃の藤さんは美人で歌がうまいと評判だったが、想いを寄せる男性と結婚することができずに発病したという。1952年ごろから監置生活を送った藤さんは、1960年ごろに小屋を出て、那覇にあった精神病院に入院したと思われる。1973年に八重山病院精神科病棟が開設し、藤さんは転居。だが、転院後も膝にはまだ硬直があり、箸を使うことも難しく、トイレで用をする習慣も失われていた。長きにわたる監置生活によって、人間としての社会性を奪われてしまっていた。

 狭く、衛生状態の悪い小屋に閉じ込められたままで、症状が回復することは難しい。身内の恥をさらしたくないという家族側の世間体と、もしも障害者が治安を乱すようなことを起こしたら困る……という地域社会からの要請が合致し、多くの障害者たちが監置小屋に閉じ込められた。子どもの頃に藤さんのいた監置小屋を見ていたという同じ島出身の男性が証言する。小屋からは藤さんが歌う声が聞こえてきたと。絶望の中で生き続けてきた藤さんにとって、歌を口ずさむことが社会性をわずかながらでも保ち、外界とつながる数少ない接点だったようだ。

 藤さんは、いったいどんな歌を歌っていたのか。映画『夜明け前のうた』は、私宅監置された人たちと歌とのつながりを縦軸に、地域社会に隠されたタブーへと迫っていく。

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