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『おおかみこどもの雨と雪』は「理想化された母親像」を押し付けてはいない

笑顔の理由が変わっていっている

 花は「辛いときとか苦しい時とか、とりあえずでも笑っていろ」と父から教わっており、それは「笑顔を絶やさないように子に育つように」という花という名前の由来にもつながっていた。あまつさえ、花は父の葬式の時にまで笑っていて不謹慎だと怒られていたのだが、おおかみ男の“彼”から「不謹慎じゃない」とフォローをされていた。この「無理にでも笑う花」が、「あらゆることに我慢をして子育てする母親」として描かれているようだと、不快感を覚える方も多いようだ。

 だが、花がどんな時でも笑顔でいようとすることも、しっかり劇中では批判がされている。韮崎のおじいちゃんは作物を枯らしてしまう花に「笑うな。なぜ笑う。笑っていたら何もできんぞ」と言い放っている。小動物の骨や爬虫類の抜け殻を集めていることが変なのだとわかって悩む雪も、花にクスクスと笑われて「笑わないで、真剣に悩んでいるんだから」と怒っている。そんな花は新しいワンピースを縫ってあげて、それが雪にとっては心からの救いになっていた。

 そして、転校生の草平は台風の日、母が再婚相手の子どもを身篭り、自分がいらなくなったのだと確信して、「ボクサーかレスラーになって、一匹狼で生きていく」「鍛えて、鍛えて、一人で生きる」と言った後に「ししっ」と笑う。そんな草平に、雪は「私もそうちゃんみたいに、本当のこと話しても、笑っていられるようになりたい」と言い、おおかみの姿を草平に見せて、そして流す涙を「雫だもん」と言いつつ笑顔を見せた。

 この時の雪は、(自分を育ててくれた母の花と重なる)孤独なのに強がって笑おうとする草平の苦しさを知った悲しさと(自分と違って本当のことを打ち明ける)尊敬の気持ち、そして自分のおおかみの姿を見ても(かつて草平自身が雪に傷つけられたのにもかかわらず)「秘密、誰にも言っていない、言わない。だからもう泣くな」とおおかみの姿を受け入れてもらった嬉しさ、それらを一度に感じ取っていた、だから笑ったのではないだろうか。これまでの花の「辛いときとか苦しい時とか、とりあえずでも笑っていろ」という父からの教えとは、違う理由からくる笑顔なのだ。

 そして、花が(手の届かないところにまで行ってしまうも)高らかに咆哮をする雨を「元気で、しっかり生きて!」とその生き方を肯定した時、ラストシーンで(夢の中でおおかみ男の“彼”に言われたように)立派に子どもたちを育てた自分を肯定した時……彼女は心からの笑顔であったのだろう。こうして、劇中での笑顔の理由が変わっていっている、辛い時でも無理やり笑う花はもちろん、あらゆることに我慢をして子育てすることも、むやみに肯定されているわけではないのだ。

 そんな花が劇中で肯定されていることは、「都会の人はすぐに逃げ出す」と言われるほどの厳しい田舎の生活を、決して諦めなかったこと。1人で排他的に子育てをすること、いつも笑顔でいることは批判され間違っているのだと描かれていても、その忍耐強さだけは大したものだと田舎のご近所さんに認められていたのだ。そこに不快感を覚える方はまずいないだろう。

 ちなみに、花に真っ当な批判をしていた韮崎のおじいちゃんも、「小学校に行かなかったやつは見所がある。エジソンとわしがそうじゃ」と言って、「またいい加減なことを言って!」と近所のおばちゃんに怒られるという一幕もある。「誰の価値観も絶対に正しいものではない」ことも示されているのだ。

 だからこそ、その世界(社会)でコミュニケーションをして、自分の望む生き方を選び取ることが重要なのだいう価値観が、より強固に打ち出されているとも言える。

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