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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『どうする家康』早くも登場、「忍者ではない」服部半蔵と「イカサマ野郎」本多正信の実像

服部半蔵は忍者ではなく「武士」で、「忍者のリーダー」でもない

『どうする家康』早くも登場、「忍者ではない」服部半蔵と「イカサマ野郎」本多正信の実像の画像2
服部半蔵(山田孝之) | ドラマ公式サイトより

 ではなぜ、甲賀者の手柄のはずが、ドラマでは伊賀者の活躍に変わってしまうのでしょうか? その理由はシンプルで、ドラマの前半の山場になるであろう「神君伊賀越え」において、服部半蔵と彼が率いる伊賀忍者の一党が、今回の大河でも大活躍する予定だからでしょう。さらに、服部半蔵はいわゆる「徳川十六神将」の一人で、人気キャラですから、そんな半蔵が「伊賀越え」で初登場するのではダメだろうという“大人の理由”があって、史実が大胆にアレンジされたのだと思われます。いきなり出産シーンで登場した松嶋菜々子さん演じる於大の方のように、山田孝之さんというビッグネームが演じる服部半蔵にも印象的な登場シーンが必要という判断なのでしょうね。

 これも後に詳しくお話する機会があると思いますが、「神君伊賀越え」において伊賀忍者たちが活躍したという話は、実は昭和10年~30年代の「(第二次)忍者ブーム」の中で作られた“ストーリー”にすぎず、幕府の公式史である『東照宮御実記』において、服部半蔵や伊賀忍者の道案内という要素は登場しません。それどころか同書には「近江国甲賀のその土地の侍など100人余りが道案内に参上した」と書かれているのです。

 それにしても、史実の服部半蔵とはどんな人物なのでしょうか? 彼から見て1歳年下の家康に仕えた服部半蔵こと服部正成は、忍び道具ではなく、槍の名手として知られる人物で、彼の祖父の代から三河に移住した武士の一族の出身です。つまり、『鵜殿由緒書』に見られるような、ゲリラ戦法を得意とする「忍び」の者ではありませんでした。

 「服部半蔵」とは、戦国後期以降、服部家の当主の男性が名乗った“ビジネスネーム”です。当然、二代目・服部半蔵こと正成には「私は松平家=徳川家に代々仕えてきた三河武士である」という自認があったと思われます。ドラマ公式サイトのプロフィールに「本人は武士と思っている」とあるのは、この部分を反映させたものでしょう。一方で「忍者ではないが、忍者の代表」とも書かれていますが、実際に彼が率いることになったのは最下層の兵卒(のちに「伊賀同心」などと呼ばれる)で、我々が想像するような「忍者」たちのリーダーではありませんでした。また、第5回のあらすじでは、服部半蔵ら伊賀忍者の起用を提案するのが本多正信とされていますが、前述のように服部家は代々松平家に仕えてきた武士であり、本多正信がわざわざ仲介する必要は本来ありません。むしろ、史実において、当時の服部半蔵と本多正信の接点は不明なのです。「不明」だからこそ、「もしかしたら、あったのかもしれない」と考え、想像の翼を広げるのは自由ですが……。

 第5回は服部半蔵とともに本多正信の初登場回となりますが、この時期の正信の評価については史料が乏しく、詳しく知ることはできません。ドラマの公式プロフィールでは「家臣団の嫌われ者」「大久保忠世(小手伸也さん)の紹介で登用されるが、胡散臭く、無責任な進言をするイカサマ野郎」とひどい書かれぶりですが、後に家康のブレーンの一人として家臣団の中で急速な出世を遂げる正信は、若い頃に家康を裏切って逃走していたことがあります。それも約20年もの間、家康のもとを離れていました。

 永禄6年(1563年)、三河の一向一揆鎮圧戦において、一向宗信者だった正信は、家康ではなく、一揆側に味方しただけでなく、戦後、勝者となった家康が、離反した正信たちに寛大な処置を提案したにもかかわらず、正信は家康のもとには帰りませんでした。そしてそのまま、先述のように約20年も戻ることはなかったのです。

 いつ、どのように家康と正信が“復縁”したのかはよくわかりません。時期は天正11年(1583年)ごろだと推定する学者もいます。このとき、家康と彼の間をつないでくれたのが、本多家のライバルである大久保家の面々だったそうですが、主君に対し、20年間もの不義理をおかしたツケを正信は払わねばならず、家康のそばに仕えることは許されたものの、「鷹匠(たかじょう)」という役職につかされたともいわれます。家康が鷹狩りを愛好したのは有名ですが、これは専門的なトレーニングを施した鷹や隼などの猛禽類と協力して獲物を捕まえる伝統的な猟法です。鷹狩りに用いられる鷹たちの世話が鷹匠の主な仕事ですが、一般的に身分の低い者がつく役職でした。

 これまでの伝統的な大河ドラマならば、前述のような事情から、本多正信は登場しない期間のほうが長く、彼が本当の意味で活躍し始めるのは「本能寺の変」よりさらに後年、ドラマの後半になるでしょう。ただ、古沢氏の独断場となりそうな『どうする家康』は伝統的な価値観とは離れてつくられているドラマのように見受けられますし、史実を大いに逸脱したオリジナル要素が付与され、本多正信も通年で活躍してくれるかもしれません。近年の松山さんは、腹に一物抱えた人物の演技が似合う役者さんです。ドラマの家康家臣団は基本的に「いい人」ばかりなので、毛並みが違う家臣もいないと締まりません。それゆえ、「家臣団の嫌われ者」「胡散臭く、無責任な進言をするイカサマ野郎」な正信を演じる松山さんには大いに期待したいところですね。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/23 23:18
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