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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.29

シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』

onnnanoko_main.jpgなつみ(大後寿々花、写真中央)、きみこ(波瑠、写真左)、みさ(高山郁子)
は上品なお嬢さまグループとは肌が合わず、いつも3人で過ごしていた。
ケンカばかりしている両親を見ていると、自分たちは幸せになれるのか自信が
持てない。(c)2009 西原理恵子・小学館/「女の子ものがたり」製作委員会

 リリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)、みうらじゅんの『色即ぜねれいしょん』(現在公開中)に続いて、”サブカル文豪御三家”きっての毒舌家・西原理恵子の自伝的コミック『女の子ものがたり』が映画化された。高知県の漁師町で育った西原理恵子の自伝的要素の強い代表作『ぼくんち』は、すでに阪本順治監督によって2003年に映画化されているが、『ぼくんち』が少年目線だったのに対し、『女の子ものがたり』は小学生時代を実写版『ちびまる子ちゃん』(フジテレビ系)の森迫永依、高校時代を『SAYURI』(05)の大後寿々花、漫画家になってからを『博士の愛した数式』(06)の深津絵里、と各世代の演技派女優たちが演じ分け、より自伝色が強く感じられるヒロインの成長談となっている。

 西原理恵子は自身の実体験の商品化が実にうまい。子育ての日常を綴った『毎日かあさん』(アニメ版がテレビ東京系で放映中)でそれまではサブカル層に限定されていた読者を主婦層に拡大し、息子がランドセルに落書きしていた”イマジナリーフレンド”を題材にした『いけちゃんとぼく』は6月に公開され、切ない恋愛ファンタジーとして全国各地でロングラン上映が続いている。

「カリスマ主婦として人気を集めたマーサ・スチュワートのポジションを狙っているんです。マーサ・スチュワートはマネーロンダリングで捕まっちゃったけど、私は”自分ロンダリング”だから大丈夫(笑)。一時期、ポスト瀬戸内寂聴の座も考えていたんですが、そちらは岩井志麻子ちゃんに譲りました」

 サイバラ御殿を取材で訪問したところ、おなじみの毒舌テイストを交えながら、自作のスタイルについて語ってくれた。きっぷの良さは、いかにも南国育ちの女性らしい。

 アルコール依存症だった実父の事故死、会社経営に失敗した継父の自殺、戦場カメラマンである夫・鴨志田穣氏との死別……、そんな辛い体験も自分の血とし肉として、作品として昇華させる。目を逸らしたくなる現実を冷静に見つめ、自分の中に受け入れることは相当の気力と体力がなくてはできないタフな作業だ。また、お世辞にもうまいとは言えないアバウトな絵のタッチが、過酷な現実を穏やかなものに中和させる効果を発揮している。

 映画『女の子ものがたり』では、主人公のなつみ(大後寿々花)に対し、継父(板尾創路)が「お前はなんか違う。他人と違う人生が送れるかもしれん」と繰り返し呟く。ビンボー人同士が足を引っ張り合う閉鎖的な田舎町でのどん底生活から抜け出すためにギャンブルでの一発勝負に出た継父は、その夜自分から現実社会を退場してしまう。通夜の席が借金の取り立ての場となり、残された家族はダブルでショックだ。では、継父自身が叶えられなかった「他人とは違う人生」とは、一体どのようなものなのだろう。

onnnanoko_sub1.jpg漫画家になったヒロインを深津絵里が好演。
原作者・西原理恵子とは顔も体格も違うのに、
なんとなく重なって見えてくるから不思議です。

 小学生の頃からなつみと一緒に過ごしてきた親友のきみこ(波瑠)、みさ(高山郁子)は暴力を振るうことでしか自己顕示できない男との同棲やカードローンで手に入れたブランド品で着飾ることで過去のイケてない自分とおさらばしようとする。しかし、それは泥の船に乗るようなものだ。いくらも進まないうちに、泥の船は水没していく。現実の重みに泥の船は耐えられないのだ。なつみは泥の船に乗る代わりに、背負うには重すぎる現実と追い掛けるには遠すぎる未来を一枚の絵に描くことで辛うじて踏みとどまる。絵がうまい下手は関係ない。自分が描いた絵の中に、なつみは自分が進むべき道を見いだす。

 人の一生は、親から受け継いだ遺伝子と生まれ育った環境に大きく支配されるが、遺伝子と環境のせいにしてそのまま押し流されていくか、自分の意思で抗って生きていくかで一生の中身は別ものになる。なつみは絵を描くことで、新しい世界に上陸する覚悟を決める。

 西原理恵子のエッセイ『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)によると、西原理恵子は飲酒による補導が原因で高校を退学になっているが、この処分に納得できなかった彼女は継父に励まされ、高校を相手取って裁判に持ち込んでいる。そして上京後もフリーのイラストレーターとして出版社に自分を売り込むという新しい闘いの生活が始まる。人生とは、まさに闘いの連続だ。映画の中でも、なつみは親友たちと派手にケンカ別れすることで、故郷を後にする。

 闘い続ける生活は正直しんどい。相手だけでなく、自分の心の中までザラザラしていく。そんなときに”人生の徳俵”として存在するのが、フィクションの世界だ。土俵に徳俵があるかどうかで闘い方は、まるで変わってくる。しかし、その徳俵を有効に活用できるのは、目の前の現実に正面からぶつかっていった者だけだ。最初から徳俵に逃げ込めば、すぐに現実に弾き出されてしまう。西原理恵子はどうしようもなくシビアで下世話で理不尽な現実に土俵際まで押し込まれながらも、日々の生活の中で培ったフィクション、ギャグ、自虐ネタ、ファンタジーという名の徳俵で踏みとどまり、豪快に現実をうっちゃってみせる。

 筆者の小学生時代の体験で恐縮だが、近所のガキ大将にそそのかされて、『スタンド・バイ・ミー』(86)さながらに長い長い鉄橋をひとりで渡ったことがある。鉄橋の真ん中あたりで列車が現われ万事休すに陥ったが、目の前に”徳俵”のように線路から張り出したキャットウォークが取り付けてあり、そこにしがみついて運良く命拾いした。

 何をもって”人生の徳俵”にするかは人それぞれだが、人生には徳俵があることを思い出せば、けっこー生き方は変わると思う。少なくとも徳俵のことを考えるほんのわずかな余白さえあれば、自分から命を絶つような真似はしなくて済むはずだ。生命力に溢れた西原作品に触れる度に、しみじみそう感じる。
(文=長野辰次)

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『女の子ものがたり』
原作/西原理恵子
監督・脚本/森岡利行
出演/深津絵里、大後寿々花、福士誠治、波瑠、高山郁子、森迫永依、三吉彩花、佐藤初、黒沢あすか、上島竜兵、西原理恵子、板尾創路、奥貫薫、風吹ジュン
8月29日(土)より渋谷シネクイント、シネカノン有楽町2丁目、角川シネマ新宿ほか全国ロードショー
<http://onnanoko-story.jp>

女の子ものがたり

昔はこんなコでした

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最終更新:2012/04/08 23:08
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