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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.43

“人は二度死ぬ”という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは?

gama_main.jpg役所広司初監督&主演作『ガマの油』。”人間は肉体を失ったとき、
人から忘れられたとき、2度死ぬ”という独自の死生観が語られている。
(c)2008『ガマの油』製作委員会

 近年の日本映画から、オリジナルストーリーの作品がほとんど姿を消した。製作委員会方式が定着したことで、人気コミックやベストセラー小説、TVドラマの劇場版など”保険”が掛かったものでないと出資会社はお金を出してくれない。日本の映画界は保守的な企業人たちにすっかり牛耳られてしまった。どんなに面白いシナリオがあっても、原作付きでなければ俎上(そじょう)に載せられることがない。

 そんな風潮の中、2009年6月に公開された役所広司”初監督作”『ガマの油』は珍しくオリジナル作品だ。今村昌平監督のスクリプターを務めていた福田花子(原案:中田秀子、脚本:うららとしてクレジット)の脚本に、役所広司が長崎県諫早市で過ごした幼年期に出会った、うさん臭い”ガマの油売り”の記憶を盛り込んだものだ。劇場公開時に大ヒットには及ばなかったものの、大物俳優ながら気取りのない性格で知られる役所広司らしい、とぼけたユーモアと芸名の由来でもある元公務員らしい誠実さが混在したハートウォーミングなドラマに仕上がっている。

『SAYURI』(03)、『バベル』(07)と国際的に活躍する役所広司とはいえ、自分の幼年期の体験を投影したオリジナルストーリーを監督するには”条件”が課せられた。それは、監督業と主演を兼任するというもの。初監督だけでも大変なのに、役づくりという個人レベルの作業と監督として作品全体を見渡すという二役はかなりの難問だったに違いない。このことを役所広司に聞くと、雄ライオンのように立派な顔立ちに笑みを浮かべてこう語った。

「できれば監督としてカメラの横にずっといて、みんなの演技を見ていたかったですね(笑)。まぁ、今回は監督と主役を兼ねてほしいとの依頼でしたから。でも、自分が演じるとき以外は、すごく楽しかったですよ」

gama_sub02.jpg

 カメラの横という”かぶりつき席”で、八千草薫や小林聡美ら憧れの女優たちの生の芝居を眺めるのが無性に楽しかったそうだ。監督業が忙しいため、自分自身の出演シーンにはなるべく時間をかけず、パパパッと撮ったらしい。Wikipedia上に挙げられた映画出演作だけでも2010年公開の『十三人の刺客』、2011年公開予定の『最後の忠臣蔵』まで含めると50本となる、映画の世界でメシを食ってきたプロの役者としての余裕を感じさせるではないか。

 役所演じる矢沢拓郎は、1日で数億円を稼ぐデイトレーダー。パソコンで株価チェックが忙しい。気立てのいい奥さん・輝美(小林聡美)と真面目な息子・拓也(瑛太)と家族3人で豪邸で暮らしている。ところがある日、少年院から出所した幼なじみのサブロー(澤屋敷純一)を迎えに行く途中で、拓也が事故に遭ってしまう。幸福な生活から一転、息子の姿がないだけで豪邸が空虚な空間となってしまう。家族崩壊の危機の中で、拓郎は子どもの頃に出会った”ガマの油売り”と再会する。

 事故に遭った拓也が病院で寝ている姿は、小栗康平監督の『眠る男』(96)を彷彿させる。拓郎がサブローと共にトレーラーハウスで旅に出る場面は、青山真治監督の『ユリイカ』(01)を連想する人も多いだろう。あの世とこの世の境界線がアバウトなところは黒沢清監督のホラー『回路』(01)で、”ガマの油売り”が登場するファンタジックなシーンは中島哲也監督の『パコと魔法の絵本』(08)。ヒューマニズムに満ちた作風は、今村昌平監督の『うなぎ』(97)、『赤い橋の下のぬるい水』(01)に通じる。131分の上映時間の中に、役所広司がこれまで出演してきた数多くの作品のテイストが”混ぜご飯”のようにブレンドされていて面白い。このことを告げると、役所広司はやはり笑って答えた。

「そうですか。ボクは監督としてちゃんと勉強をしたわけでもないし、自分が感じたことをそのまま撮ったものなんです。もちろん脚本に従って撮ったんですが、これまで一緒に仕事をしてきた監督たちから影響を受けたものが無意識のうちに出たのかもしれませんね」

 役所広司の中に蓄積された、個性的な監督たちとのやりとり、体の片隅にこびり付いた役の記憶、そして本名・橋本広司としての個人的な実体験などが渾然一体となって『ガマの油』という幻想譚を生み出したのだろう。

 映画製作とは、映画監督というひとりの人間を中心とした一種の”天地創造”ではないだろうか。映画監督が生み出したまっさらな大地に新しい神話が始まり、さまざまな伝説が語られていく。そして、その新しい大地には、創造主である映画監督の人生観、宗教観、死生観が必ずと言っていいほど反映される。『ガマの油』のキーワードとなっているのは、幼年期の拓郎がガマの油売りから教わった「人間は二度死ぬ」という言葉だ。「人間は肉体を失ったとき、そして人から忘れられてしまったとき、二度死ぬ」という独自の死生観が『ガマの油』と名付けられた大地の中心を流れている。

gama_sub01.jpgK-1ファイターの澤屋敷純一が、自分の中に渦
巻く感情をうまくコントロールできない不器用
な若者サブローを演じている。ジェロム・レ・
バンナに勝利を収めた一戦を役所広司がテレビ
観戦しており、今回のオファーとなった。

 役所広司はこう語る。「一緒に山登りする親友に教えてもらったものです。メーテルリンクの『青い鳥』にある”死者は思い出すと目覚める”という言葉が元のようですね。大切な人と死に別れても思い出すことで繋がっていられる、という非常に温かい死生観です。ボクも亡くなった自分の家族のことを思い出すことで、今の自分を反省したりするんです。自分の大切な人たちが今も自分を見てくれていると思うと、その瞬間だけでも心がキレイになれるような気がするんです」

 低予算ながら本作を色彩美溢れる映像作品へと導いたのは、ロバート・アルトマン監督作『クッキー・フォーチュン』(99)などハリウッドで活躍した撮影監督の栗田豊通。栗田作品にこれまで参加する機会がなかった役所広司たってのラブコールが届き、実現したものだ。大島渚監督の『御法度』(99)や三池崇史監督の『インプリント ぼっけえ、きょうてえ』(06)では、地獄と地続きのおどろおどろした世界が描かれていたが、今回は天国と繋がっているかのように底抜けに明るい極彩色で役所広司初監督作を彩っている。

 K-1ファイターの澤屋敷純一や沖縄出身の新人女優・二階堂ふみといった新鮮なキャストを起用した役所広司は、「俳優にとって”新人”であるということは強みなんです。映像の中には、その人の個性そのものが映し出されますから」と話していたが、それは”新人監督”役所広司にも当てはまったようだ。初監督作『ガマの油』の中で、役所広司はとても不思議な新世界を生み落としてみせた。その新世界は死者と生者が仲良くコミュニケーションできる、一種のパラダイスだ。映画は商品であると同時に、映画監督が頭の中でイメージする理想郷を映し出した”もうひとつの世界”でもある。30年近い映画キャリアを持つ役所広司が精製した『ガマの油』は、その効能を信じる者に心地よい幻覚をひと時の間だけ楽しませてくれる。
(文=長野辰次)

『ガマの油 プレミアム・エディション』
原案/役所広司、中田秀子 脚本/うらら 監督/役所広司 撮影/栗田豊通 出演/役所広司、瑛太、二階堂ふみ、澤屋敷純一、益岡徹、八千草薫、小林聡美 発売・販売元/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント 価格/2枚組4935円(税込み) 発売中 <http://gama-movie.com/>
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最終更新:2012/04/08 23:03
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