日刊サイゾー トップ > インタビュー  > 井上淳一が語る、若松孝二の功罪
『止められるか、俺たちを』公開記念特集第2弾

「集団創作は、快楽を伴う若い才能の搾取だった」脚本家・井上淳一が語る“巨人”若松孝二の功罪

■謎の脚本家・大谷義明、出口出の正体は?

──若松監督は他の監督の映画はあまり観ないし、小説などもほとんど読まなかったそうですね。

井上 他の監督に比べると、映画を観ている本数も読んでいる本の量も圧倒的に少なかったと思います。脚本すら、ろくに読まなかった。劇中でも描かれていますが、足立さんが書いた脚本を若松さんはろくに読まず、若松さんが機嫌のよさそうな日に足立さんがほぼ同じ内容の脚本を渡すとOKしたそうです(笑)。僕が助監督だった頃、石坂啓さんのコミック『キスより簡単』と『われに撃つ用意あり』(90)の原作本(佐々木譲『真夜中の遠い彼方』)を若松さんに勧めました。どこがどう面白いのかを僕が熱心に説明すると、若松さんは耳を傾けてくれ、その後ちゃんと原作も読んでくれましたね。まぁ、普段から本を読む人ではありませんでしたが、いろんな物事に詳しい人でしたし、世界を見る視点は本当にしっかりしていて、勉強になりました。

──1960年代から70年代にかけての若松作品は、「若松プロ」に集まった若い助監督や脚本家たちによる集団創作が生み出した熱気や破天荒な面白さもあったように思います。大和屋竺が中心になっていた初期は「大谷義明」、その後を受けた足立正生が中心になってからは「出口出」というペンネームが共同脚本名としてクレジットされていた。

井上 そうです。大和屋さんをはじめとする日活の社員助監督たちが参加していた初期は「大谷義明」でした。曾根中生さんらは日活に所属していたので、本名を出すわけにはいかなかった。当時の日活はまだ大手でしたから、自由に映画をつくれる「若松プロ」は彼らにとって楽しかったと思いますよ。でも、結局は日活を辞めて「若松プロ」に来たのは大和屋さんだけだった。若松さんはそんな大和屋さんに責任を感じて、監督デビューさせたんです。若松さんは大和屋さんだけは別格扱いしていました。足立さんも「若松プロ」に入ってすぐは「大谷義明」の名義を踏襲したんですが、それまでの大谷義明の作風が行き止まった感があったので、新たに「出口出」というペンネームを思いつき、それが若松作品を象徴する共同脚本名になっていったんです。「出口出」は足立さんのアイデアですね。『初夜の条件』(69)に監督名としてクレジットされている若松さんの別名「大杉虎」も、足立さんが考えたもの。大杉栄から思いついた名前で、最初は大杉鳩にしようとしていたそうです(笑)。

──「大谷義明」「出口出」と匿名性を打ち出すことで、いろんな人が参加しやいというメリットがあったんでしょうか?

井上 それはあったと思います。若松さんの誰に対してもフラットに付き合う姿勢もあって、いろんな人たちが「若松プロ」に入っては出ていった。スタッフの顔ぶれが変わることで、「若松プロ」の新陳代謝はうまく進んだ。ハリウッドで以前は「アラン・スミシー」という監督名がプロデューサーと監督との間でトラブルが起きた際に使われていましたが、「アラン・スミシー」のようなネガティブな意味はないですね。僕は『飛ぶは天国、もぐるは地獄』で若松さんから頼まれて、今はホラー映画の脚本家として知られる三宅隆太と2人で脚本をひと晩で書き直したんですが、クレジットを「出口出」にしてもらいました。「やっと自分も出口出の一員になれた」とうれしかった(笑)。でも、その一方では、例えば荒井晴彦さんの脚本家デビューはATG映画『不連続殺人事件』(77)ということに一般的にはなっていますが、「足立青」というペンネームでピンク映画の脚本を書いていました。青は晴の日を取ったものでもあり、足立さんの次女の名前でもあった。これは僕の個人的な推測ですが、荒井さんも含めて実は自分が本当に書きたいのはピンク映画ではないんだという気持ちもどこかにあったのかもしれません。そういうことも全部ひっくるめて、「出口出」は出口を求めて出ていく。とても象徴的な名前だと思いますね。

──井上さんが「若松プロ」にいた頃は、集団創作的なスタイルは続いていたんでしょうか?

井上 僕らが助監督をやっていた1980年代は製作本数も少なく、誰かが思いついたアイデアを即映画にしていくという感じではなくなっていました。でも、酒を呑みながら僕ら若いスタッフが100くらいアイデアを出するのを、若松さんは罵倒しながらも1つくらいは採用してくれました。言ってみれば、集団創作って若い才能の搾取なんですよ。個人としての名前は残らないし、搾取なんだけど、搾取される側は自分のアイデアが形になっていくという達成感を味わえて、気持ちいいんです。僕が「若松プロ」がよかったなと思うのは、企画や脚本づくりの段階から助監督も参加でき、一本の映画がどのように作られていくのかという過程を学ぶことができた点だと思います。今の助監督は撮影現場が始まってからしか呼ばれないので、脚本づくりに関わることができない。もしかしたら、助監督も交えて脚本づくりをしているプロダクションはまだあるかもしれませんが、誰かの発したアイデアが脚本になり、映画になり、映画館で上映されるまでの全行程を体験することができたのは「若松プロ」のよさだったと思いますね。

■空いた席は誰かが埋めなくてはけない

──若松監督が2012年10月17日に亡くなった後、荒井晴彦は久々の監督作として二階堂ふみ主演の『この国の空』(16)を撮っています。若松監督は亡くなった後も、いろんな人に影響を与え続けている。

井上 大島渚さんが2013年に亡くなり、新藤兼人さんも2012年に亡くなった。社会派作品を撮ってきた巨匠たちが次々となくなった。その空いた席に誰かが座らないと、席そのものがなくなってしまいます。若松さんが生前に考えていた企画を、僕なりに映画化しているつもりです。僕が撮ったドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』(15)は原発事故で風評被害に遭った福島の農家を追ったもので、短編映画『憲法くん』(19年公開予定)も監督しました。731部隊もいつかやってやろうと思っています。今の時代は自主規制や忖度という名の無自覚な表現の自由の放棄によって、表現の幅がどんどん狭まっている。自覚的ならまだいいんですけどね。そのことがとても怖い。若松さんは50年間近くにわたって、表現の自由を映画の中で訴え続けてきた。本当にすごいことだと思います。また、若松さんは難しいテーマの作品も、観客に向かってエモーショナルに伝えることができる才能の持ち主でした。才能もスケールも違うけれど、僕も自分のやるべきことをやっていくつもりです。

──最後に、井上さんが考える若松作品ベスト3を教えてください。

井上 僕が初めて若松作品に触れることになった、内田裕也主演作『水のないプール』。1980年代の若松孝二の代表作だと思います。それから、「若松プロ」があった原宿のセントラルアパートの屋上で撮影した『ゆけゆけ二度目の処女』(69)。もうひとつは、秋山道男さんと小水一男さんが主演した『性賊 セックスジャック』(70)。これは脚本を手掛けた足立さんのいちばんコアな部分が出ている作品だと思います。どれも、よく映画にできたなぁと驚かせられます。誰にも遠慮することなく、自由に自分たちが今いちばん撮りたいものを撮った。それが若松作品なんだと思います。
(取材・文=長野辰次)

『止められるか、俺たちを』
監督/白石和彌 脚本/井上淳一 音楽/曽我部恵一
出演/門脇麦、井浦新、山本浩司、岡部尚、大西信満、タモト清嵐、毎熊克哉、伊島空、外山将平、藤原季節、上川周作、中澤梓佐、満島真之介、渋川清彦、音尾琢真、高岡蒼佑、高良健吾、寺島しのぶ、奥田瑛二
配給/スコーレ 10月13日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
(c)2018若松プロダクション
http://www.tomeore.com

●井上淳一(いのうえ・じゅんいち)
1965年愛知県犬山市生まれ。早稲田大学入学と共に「若松プロ」に入り、原田芳雄主演作『キスより簡単』(89)や『われに撃つ用意あり』(90)の助監督を務める。オムニバス映画『パンツの穴 ムケそでムケないイチゴたち』(90)の第1話「彼女の本当が知りたくて」で監督デビュー。その後「若松プロ」を離れ、脚本家としての道を歩む。主な脚本作品に、韓英恵主演作『アジアの純真』(10)や福島第一原発を題材にした『あいときぼうのまち』(14)など。坂口安吾原作、荒井晴彦脚本作『戦争と一人の女』(13)で長編監督デビュー。以後、永瀬正敏主演の中編『いきもののきろく』(14)や風評被害に遭った福島の農家の4年間の軌跡を追ったドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』(15)を監督している。短編『憲法くん』は2019年公開予定。

最終更新:2018/10/16 17:00
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