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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.583

「仮設の映画館」で上映が始まった『精神0』山本医師の言葉「ゼロに身を置く」が心に刺さる

山本医師がゼロに戻った日

心の病に悩む人たちの居場所づくりに取り組んだ山本医師と妻の芳子さん。長年の診療生活を終え、静かに日本酒で乾杯し合う。

 山本医師の妻・芳子さんがデイサービスから戻り、診療施設での最後の1日を終えた山本医師を迎えに立ち寄る。施設を後にした2人は自宅へと帰る。山本医師がクライアントたちのもとから芳子さんのもとへ、“ひとりの人間”山本昌知へと戻る姿をカメラは追いかける。診療生活を終えたこの日は、山本医師がゼロに戻った日でもある。

 カメラをひとりで回し続ける想田監督を、芳子さんはニコニコと自宅に招き入れる。動きはとてもゆっくりしており、ドアの開け閉めがなかなかうまくいかない。説明はないが、どうやら芳子さんは認知症らしい。山本医師が引退した理由も語られないが、残された人生を芳子さんに寄り添うことに決めたのではないだろうか。

 台所は雑然としており、流しも使えない状態となっている。山本医師は家事は得意ではないようだ。2人っきりでの生活に不安を感じずにはいられない。そんな中、山本医師が頼んだお寿司3人前が届き、想田監督も含めたささやかな慰労会が開かれる。車で来ているためお酒は断っていた想田監督に、「タクシーで帰ればいい」となお日本酒を勧める山本医師。普段は観察者でいる想田監督も、断りきれずこの乾杯に加わることになる。おちょこ一杯分の日本酒だが、味わい深かったに違いない。

 口数の少ない芳子さんが、山本医師との出会いについてポロリと口にする。中学、高校時代からの同級生だったそうだ。学生時代の山本医師は勉強ができなかったことを、おかしそうに笑いながら話す芳子さん。青春時代の記憶は鮮明に残っている。

 仲良し夫婦の物語としてすんなり終わるのかと思いきや、そうはならない。山本夫婦に連れられ、想田監督は芳子さんの長年の友達の家を訪ねることになる。山本夫婦が自分たちからは話せないことも、女友達はズバズバと語り出す。山本医師が仕事人間だったため、母親の介護などはすべて芳子さんが負っていたこと、バブル以前は株の売買もやっていたこと。名医として尊敬されている山本医師をずっと支えてきた芳子さんは、相当なストレスと闘っていたことが明かされていく。

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