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虐待、ジェンダー、LGBTQ…小学生に社会問題も手加減ナシで突きつけるベストセラー児童書

 出版不況と呼ばれて久しいが、そんな中で逆に売り上げを伸ばしている児童書市場。先頃、出版された『いま、子どもの本が売れる理由』(筑摩選書)という書籍では、豊富な資料と綿密な取材によってその背景が解き明かされている。ここでは特別に、同書を著した気鋭のライター・飯田一史氏が小学生にウケている驚きのベストセラー本をレビューする。

 80年代から90年代にかけて「子どもの本離れ」は深刻化していたが、2000年代以降、児童書市場は少子化と出版不況のダブルパンチにもかかわらず劇的なV字回復を遂げ、今の小学生は過去最高レベルで本を読んでいる。

 では、どんな本が好きなのか? 実は、ひと昔前の「子ども向け」の固定観念からはだいぶ逸脱した作品も人気になっている。大人が知らない、小学校の中・高学年がハマっている本の世界を紹介しよう。

現代的イシューに突っ込みまくる動物の物語

タニヤ・シュテーブナー著『動物と話せる少女リリアーネ 動物園は大騒ぎ!』(学研プラス)

 ドイツの作家タニヤ・シュテーブナーによる『動物と話せる少女リリアーネ』シリーズ(学研プラス)は、小学校の中・高学年女子を中心に人気で、日本では2010年から刊行されている。

 主人公の少女・リリアーネ(以下、リリ)が親友の天才少年イザヤと共に、動物たちをめぐる事件や問題に立ち向かう物語である。リリは動物と話せる能力ゆえに魔女と揶揄され、引越しや転校を繰り返している。

 表紙にはかわいらしい女の子と動物が描かれ、元気なリリが物語を引っ張っていくが、現代的なイシューを多面的に扱った作品だ。

 例えば、リリの母親はバリキャリのキャスターで、父親は専業主夫。おばあちゃんは工作の達人と、ジェンダー平等を強く意識した設定になっている。

 また、リリをいじめる姉妹がいるのだが、なぜそんな攻撃的な性格になってしまったのかといえば、家庭で虐待を受けていたからだったということが判明。妹のほうとリリは関係を改善できるものの、姉は悪事から抜けられずに施設送りになる。

 当然、動物をテーマにしているから、気候変動による絶滅危機の問題が扱われるほか、調教のための薬物投与や暴力の是非も問う。さらには、アフリカの観光資源としてのトロフィーハンティング(趣味としての野生動物狩猟)について、ハンターが動物の殺生を忌避するリリやイザヤたちに「動物の肉を食べている人間はどうして放っておくんだ?」「俺たちが来なくなったら観光業の人間の生活はどうなる?」と投げかけたり、トラとライオンの異種恋愛やペンギンの同性愛などを描いたりする。

 このように、Netflixのドラマやドキュメンタリーかというくらい突っ込んだ社会派テーマを扱い、多様性を重視している作品だが、日本だけでシリーズ累計200万部超。「子ども向け」だからといって手加減はないのだ。

 

『笑ゥせぇるすまん』ばりのバッドエンド

廣嶋玲子著『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(偕成社)

 手加減ナシという意味では、廣嶋玲子『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』シリーズ(偕成社)もそうだ。2020年8月13日公開の「東映まんがまつり」にて『おしりたんてい』(ポプラ社)などと並んで劇場アニメ化され、テレビアニメ化も予定されている。シリーズ累計部数は115万部超。

 着物姿の年齢不詳の女主人・紅子が営む駄菓子屋に、さまざまな悩みを持つ人が迷い込んできては、自分の虫歯を誰かに移すことのできる「虫歯あられ」や、食欲を制御できるようになる「コントロールケーキ」といった不思議な力を持つお菓子を硬貨1枚と引換えに買っていく。しかし、使用法を守らなければ、恐るべき副作用に苦しむことにもなる、という短編集だ。

 多くの話では「欲望に負けて用法を守らなかったものの、ギリギリなんとか助かる」のだが、なんと一部はそのままバッドエンドになる。登場人物が子どもであっても、工事中の道路の穴に落ちて、そのまま闇に呑まれてしまったりするのだ(「死んだ」とか「戻ってこなかった」とは明確に書かれないが)。

 だから、読んでいて「こいつは……助かるのか?」と安心できず、ドキドキしてしまう。助かる場合でも、結構ギョッとする展開になることもある。『笑ゥせぇるすまん』をはじめとする藤子不二雄A作品のブラックなテイストに通じるものがあるが、著者はマンガを読んで育ったわけではなく、影響は受けていないそうだ。

 

企業が協賛・監修した制約ナシの学習マンガ

『まんがでよくわかるシリーズ165 ひみつ文庫 雷のひみつ』(学研プラス)

 ところで、小学生女子が「これまでに読んだ本の中で一番好きな本」は何か知っているだろうか? 『ヘレン・ケラー』でも『アンネ・フランク』でも『ナイチンゲール』でもない。「まんがでよくわかるシリーズ・ひみつ文庫」(学研プラス)である(「学校図書館」2019年11月号)。

 このシリーズは、子どもが疑問に思っていることや、知りたいことをわかりやすく説明した学習マンガだ。ラインナップには『雷のひみつ』『総合商社のひみつ』『多目的作業車のひみつ』『乳酸菌のひみつ』『女子野球のひみつ』をはじめ、理科系を中心に、社会またはお仕事ものなどが多い。企業が協賛・監修して作られており、主人公の小学生たちが何かの商品・サービスを展開している企業に訪問して、詳しくその仕組みを学んで帰ってくる、という流れになっている。

 文科省は「小学生からキャリア教育をやれ」と学校に指示しているが、中学受験を見据えたり、思春期の入り口に入ったりした小学校高学年を中心に、子どもたちはこのシリーズを読んで将来のことを考えているようだ。

 実は、書店流通する市販本ではなく図書館に贈与しているものなので、「たくさん売らないといけないから、内容を広く薄くにしないといけない」という制約がない。だから、例えば新日鉄が監修している『鉄のひみつ』では、鉄鉱石をどう掘るのか、炉の違いによって何が変わるのか……といったマニアックなことにまで突っ込んで書かれている。その詳しさが「実際にはこんなふうに作られているのか」というリアリティにつながっている。変わったところでは、『カードゲームのひみつ』『讃岐うどんのひみつ』『こうや豆腐のひみつ』『ゲーム&クリエイターパソコンのひみつ』(要するにゲーミングPCのひみつ!!!)といったものまである。

 自由研究や総合的学習の時間などのいわゆる「調べ学習」に参照する子どもも多いようだが、それに限らず、だらけて勉強する意味や意欲を見失いがちな夏休みに読むには良い本だ。理科や社会で勉強する知識が世の中でどう使われているのかがわかり、「学校の勉強って意味あるんだな」と思わせてもくれるからだ。

子ども騙しの本は通用しない

 

『科学漫画サバイバルシリーズ 深海のサバイバル』(朝日新聞出版)
『角川まんが科学シリーズ どっちが強い!? サメvsメカジキ 海の頂上決戦』(KADOKAWA)

 ひみつ文庫シリーズ以外でも、最近の学習マンガは歴史ものにしろ、「サバイバル」や「対決」シリーズのような科学系にしろ、「そんなところまで説明するの?」というディテールや最新動向・情報・学説までフォローしている。総じて、敷居は低く、わかりやすく作られているが、内容的には突っ込んだもの(情報が濃い、心理的に迫ってくる、現代的なテーマ、奔放さ等々)が好まれているように見える。

 入口を小難しく、勉強くさく、説教くさくしてしまうと近寄ってこない。かといって、ただ見やすく、わかりやすいだけで心に引っかからないもの、残らないもの、子ども騙しに感じられるものでもダメだ。「そこまで書く!?」と大人に思わせるくらいのものを、今の小学生は愛している。

 子どものいる大人も、そうでない大人も、ぜひ夏休みを使ってこれらの本を手に取り、今の小学生の目線や感覚を体験してみてもらいたい。

 

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

いいだいちし

最終更新:2020/08/03 09:00
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