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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.612

フィンランド発、純愛系SM映画『ブレスレス』 亡き妻の面影を女王さまに求めるダメ男の危うさ

文=長野辰次(ながの・たつじ)

 

調教や拘束プレイによって、生きる喜びを見い出す男女の姿を描いたフィンランド映画『ブレスレス』。

 北欧から、オシャレなSM映画がやってきた。2019年のカンヌ国際映画祭監督週間にも出品された、フィンランド映画『ブレスレス』(英題『DOGS DON’T WEAR PANTS』)だ。心の傷を癒すことができずにいる中年男が、孤高の女王さまと出逢い、過激なSMプレイによって生きる喜びを取り戻すというストーリーとなっている。痛みを感じることでしか、生を実感できないという主人公の境遇は、非常に危うく、とても現代的でもある。

 物語の舞台となるのは、フィンランドの首都ヘルシンキ。外科医のユハ(ペッカ・ストラング)は湖畔の別荘での休暇を楽しんでいた際、最愛の妻を水難事故で亡くすという悲運に見舞われた。事故から10数年が経った今でも、妻のことが忘れられずにいる。妻が残した衣服はすでに温もりも匂いも消えてしまっているが、彼女が愛用していた香水を振り撒き、衣服を頭からすっぽり被っては自慰に耽っていた。世界で最も哀しいオナニストだった。

 妻亡き後は再婚せず、ずっと後ろ向きな人生を歩んでいたユハだったが、ある日運命的な出逢いを果たすことになる。思春期に差し掛かった娘のエリ(イロナ・フッタ)が「舌ピアスをしたい」と言い出し、誕生日プレゼントとしてボディピアス専門店へと連れていく。ユハは年頃の娘に理解のある、よき父親だった。

 エリが舌ピアスの手術を受けている間、手持ちぶさただったユハは隣接する怪しいお店を覗く。そこはSMクラブで、ホラー映画『ヘル・レイザー』(87)に登場するピンヘッドなど、さまざまな責め具が並べてあった。ちょっとした好奇心から店内に足を踏み入れたユハは、ボンデージ姿の女王さま・モナ(クリスタ・コソネン)にいきなり首を締められる。客と間違えられたのだ。

 モナに首を締められた瞬間、ユハに奇跡が起きた。酸欠状態で意識が遠のくユハの脳裏に浮かんできたのは、湖で亡くなった妻の幻影だった。幻でも妻に会えたことが、ユハにはうれしかった。その日以来、ユハはモナのいるSMクラブへと足繁く通うようになっていく。

 女王さまのモナに首を締められているときだけ、ユハは亡き妻に会うことができた。首を締める時間が長ければ長いほど、ユハはより妻に近づけた。それまで死んだような人生を過ごしていたユハは、生と死の境界線に触れることに生きる希望を見い出した。

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