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『ヒノマルソウル』はオリンピック賛美のプロパガンダ映画ではない!その理由を解説

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映画『ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち』公式サイトより

 映画『ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち』が公開中だ。実は、本作の予告編を観た一部の人からは、その倫理観を疑う声が聞こえていた。

 なぜかと言えば、スキージャンプ競技の安全性を確認するために、25人のテストジャンパーが悪天候の中で「命がけで飛ぶ」ことを、まるで美談に仕立ててるような印象があったからだ。加えて、今では東京五輪の開催予定日まで1ヶ月を切っており、 国民の多くが反感を持つ中で公開されているため、オリンピック賛美のプロパガンダ映画だと思っている方も少なくはないだろう。

 結論から申し上げれば、『ヒノマルソウル』の実際の本編は、全くそうではなかった。自己犠牲を賛美することを避け、なおかつオリンピックを無闇に肯定することもない、1人の人間の複雑な心理を追った人間ドラマとして、極めて誠実に作られた映画だったのだ。その理由を記していこう。

●夢を打ち砕かれた男の屈辱と嫉妬の物語

 まず強調しておきたいのは、本作のメインプロットが「仲間に金メダルの夢を打ち砕かれた男の屈辱と嫉妬の物語」であるということだ。何しろ、オープニングで主人公の西方仁也は、1998年長野五輪のスキージャンプという大舞台に挑む日本代表選手の原田雅彦を見ながら、こう心の中で思うのである。「なんでお前がそこにいて、俺がここにいるんだ」「落ちろ、落ちろ」と。

 そこから物語は、4年前のリレハンメル五輪へと移る。原田はこの時に「無難に飛べば十分」の場面でジャンプに失敗してしまい、金メダルを逃してしまったのだ。仲間の西方は、表向きには原田を責めないでいたが、実際は自身が金メダリストになる夢を潰した原田への憤りに満ちていた。

 西方はその後に人生の全てをかけ長野五輪に挑み、ケガをしても堅実なリハビリを続け、確かな実績も積み上げていたのだが、代表選手に選ばれることはなかった。あまつさえ、リレハンメル五輪で日本中を失望させたはずの原田は代表選手となり、自身は裏方の仕事であるテストジャンパーの仕事を打診される。そのため、西方は「なんで、俺の夢を潰したお前が代表選手で、俺はテストジャンパーなんだ」と、さらなる理不尽と劣等感に悩まれる、というわけなのだ。

 実在のスポーツ選手の「負の感情」をここまで容赦なく、しかもオープニングから克明に描く、というのは1つの挑戦だったのだろう。劇中の西方は、かつての仲間である原田を憎むばかりか、「寄せ集め」のテストジャンパーたちの自己紹介にも顔を曇らせる。それでも表向きは最年長の先輩として仕事に取り組むが、意識せず彼らを見下していることを気取られてしまう。その言動は間違ってはいるが、同時に理解もできてしまう、感情移入しやすいものでもあった。

 これは、過酷な競技に挑むスポーツ選手に限った話でもないだろう。自身の努力が実らずに、誰かに「なんであいつだけが成功するんだ」と嫉妬するのは、多かれ少なかれ、社会で生きていれば誰しもが経験するものではないか。劣等感で悩みすぎた結果、その相手のみならず周りの人を傷つけてしまうということも、よくあることのはずだ。その普遍的な心理を、日本代表選手からテストジャンパーへとなった男の姿を通じて、強烈なまでに描いたことこそ、本作の最大の意義ではないだろうか。

 その主人公の西方を演じた田中圭が、実に素晴らしい。これまでも「表面上は優しそうであっても、一皮剥けばドス黒い感情に満ちている」役を見事に体現していたが、本作でもほんのわずかな表情の機微に、複雑な感情の揺れ動きを見ることができるだろう。その他、 土屋太鳳、山田裕貴、眞栄田郷敦、小坂菜緒(日向坂46)なども、忘れ難い個性的なキャラクターを好演している。『カメラを止めるな!』(2017)で一躍名を挙げた濱津隆之が、演じている原田と「くしゃくしゃ」した親しみやすい顔がとても似ていること、その積年の思いが伝わる表情にも注目してほしい。

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