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MARUOSAの「かた焼きそばのフィロソフィー」第17回

西麻布なのに500円! ガーナ人も魅了するワンコインかたやきそばの信念

西麻布なのに500円! ガーナ人も魅了するワンコインかたやきそばの信念の画像1
(以下、写真/Yuco Nakamura)

 シュプリームのコレクションに楽曲を提供し、海外の有名音楽フェスに出演するなど、国内外で評価されてきた“エクストリーム・ミュージシャン”のMARUOSA。他方で“かた焼きそば研究家”としての顔も持ち、近年は『マツコの知らない世界』(TBS)や『新・日本男児と中居』(日本テレビ)、『たけしのニッポンのミカタ!』(テレビ東京系)といった地上波のテレビ番組にしばしば登場して注目を集めている。そんな彼が、驚愕の絶品・珍品に光を当てながら、かた焼きそばの奥深き哲学に迫る!

 物価高が止まらない。

 長引くコロナ禍に加えてロシアによるウクライナ侵攻の余波で、電気・ガソリン・ガス・食料品などなど、あらゆるモノの価格が高騰し生活を苦しめている。

 それに比例するように収入が上がれば特に問題はないのだが、横ばいどころか下降線。私のような地中深く埋まる下級フリーランス国民にとって、決して安価とはいえないかた焼きそばを食べるにもそれなりの覚悟が必要になってくる。

 この窮地からほんのひと時でも救ってくれるのは、あの店しかない。

 藁にもすがる想いで自宅を飛び出し、向かった先は今回も23区No.1の高所得エリア東京都港区。安心してください、血迷ってはいません。

 最寄り駅は東京メトロ千代田線の乃木坂駅、6番出口から向かうのが最短ルートなのだが、これがなかなかの初見殺しなのだ。どうあがいても国立新美術館に入らざるを得ない強制ルート、入場料が発生してしまうのではないかと怯んだが、どうやら展示室に入らない限りは料金は発生しないとのこと。そそくさと美術館内を通って反対側のゲートから脱出し、改めて西麻布方面へ向かうという流れになっている。

 もうひとつの最寄り駅は六本木駅(都営地下鉄大江戸線・東京メトロ日比谷線)。なのだが、大江戸線の六本木駅は地下鉄駅の中で日本一深い駅(1番線ホームは地下42.3メートル)ということで、スムーズに地上に出れたとしても約6分近く要する。日比谷線であれば幾分か浅いので、多少早く地上に出ることができる。

 どちらの最寄駅が最適かは各々の判断で。

 初見殺しの憂き目に逢いながら這々の体でようやく店に到着。

西麻布なのに500円! ガーナ人も魅了するワンコインかたやきそばの信念の画像2

 その名も「七番」。

 念のために確認しておくが、今わたしは西麻布にいる。

 目と鼻の先には六本木ヒルズがそびえ立つ、日本屈指の繁華街にしてビジネス街の顔も合わせ持つ。ちなみに、店舗の真向かいにはガーナ大使館。周辺とのあまりのギャップに時空が歪んでしまったかと錯覚してしまう。

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 正面。営業時間を記した紙のおかげでかろうじて「お店」の体を保っているが、パッと見は何のお店かは正直判別が難しい。この店もある意味、初見殺しかもしれない。

 いつものように混雑を避けるべく、ピークタイムを大幅に外した14時頃に到着……したのだが、目論見が甘かった。ギッチギチの満席である。

 あっけに取られて傍観していると、続々と店の前にお客さんが並び始めたので、我々も行列の波に乗り、店外にあるメニューを確認。

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 なんと、カキフライ(600円)を除けばオール500円のワンコイン価格。

 都内の、しかも西麻布という超一等地で、この価格設定はどう見積もっても常軌を逸している。貸店舗ではなく、さらに家族経営でなければ……いや、仮にそうだとしても常識の範疇を超えている。

 今年で創業29年目。ちなみに、初代店主は新潟に移住しており、現在は姉妹が経営を引き継いでいる。もちろん創業当時から値段を変えず営業を続けているそうだ。

 29年前というと1993年(平成5年)、あの「Jリーグ」が開幕した年であり、翌年にはアジア最大級のディスコクラブ「六本木ヴェルファーレ」がオープン。夜な夜なJリーガーや芸能人が浮世を流したであろう、あのいかがわしく狂おしい時代。一見華やかに見えるが、すでにバブル崩壊から2年が経過しており、坂道を転がるように景気が後退していく中で七番はひっそりと西麻布の地で産声を上げたのだ。

 店内写真は混雑状況を鑑みて自重。皆さまの想像力にお任せします。

 席数は15席ほどのコの字カウンターで、客層のほとんどがおそらく近隣で働く会社員や現場作業員の男性陣。左隣には大使館の職員であろうガーナ人がニラレバ定食を黙々と食べている。テレビから猛暑を報じるニュースが流れているが、速報で流すような内容なのだろうかと疑問に思いながら、かた焼きそばを注文。

 支払いはキャッシュオンなので、配膳されるまでに代金を用意しておくのがこの店のマナー。四方八方から飛び交う注文を難なくさばきながら、数分後にはかた焼きそばを配膳してくれた。

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かたやきそば 500円(税込)

 具材はキャベツ・鶏肉・ニンジン・もやし・きくらげ。細揚げ麺に纏うあんかけは酢とごま油の風味が香り、さらに溶き卵もプラスされているうれしい心配り。ボリュームも充分、きっと終業までガス欠することなく働くことができるだろう。

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 ワンコインランチというと「安かろうまずかろう」なイメージが付きまとうが、七番のそれは他店舗とは明らかに一線を画す。庶民の味方であるワンコインランチを、決して客寄せ目的ではなく「安さと美味しさ」の信念を持って提供しているのだろう。そんじょそこらの飲食店とは気合と覚悟が違う。

 平成から元号は令和に変わり、このあたりの街並みはすっかり変わってしまった。兵どもが夢の跡、七番は今もブレずに営業を続けている。

 儲けが少ないわりに過酷で割に合わない、お世辞にも華やかな世界とはいえない。しかし、黙々と働く姉妹の姿からは悲壮感は感じられず、むしろ前向きで力強いメッセージを我々に与えてくれる。

「でも、やるんだよ」

 

<INFO>
・七番
住所:東京都港区西麻布1-4-14
営業時間:11:30~15:30

定休日:土曜・日曜・祝日
*新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合あり

<連載「かた焼きそばのフィロソフィー」の過去回>
第1回:「海老天ベンツも潜む圧倒的な情報量の“揚げ日本そば”スタイル」
第2回:「中野坂上にも“夢と魔法の王国”があった! 豚レバーとピリ辛餡が刺激的な『ミッキー』のかた焼きそば」
第3回:「椎茸・ザ ・ボンバーの一点突破! “映え”だけじゃない極端かた焼きそばの滋味と享楽」
第4回:「インド、アメリカ、中国が同盟を結んだ! フォークで食べる常識破りのジャンクかた焼きそば」
第5回:「創業90年の町中華で味わう極上“アンビエント”かた焼きそばの宇宙と無常観」
第6回:「まるでかた焼きそばのサラダ! 立川で100年以上続く福来軒の懐かしくて新しい逸品」
第7回:「エキゾチックなタイ版かた焼きそば“あんかけのスコール”で微笑みがあふれ出す!」
第8回:「“かた焼きそば名門校”出身の料理人による天衣無縫のあんかけと病みつき揚げ麺」
第9回:「羽生善治九段の勝利にも貢献した“将棋めし”聖地が『かた焼き祭り』を開催!」
第10回:「人生につまずいたときに優しく迎えてくれる中目黒の王道かた焼きそば」
第11回:「ベトナムと日本をつなぐ『あんかけ揚げめんフォー』のワンダーランド」
第12回:「水木しげるが傑作マンガ誕生の糧にした湯桶サイズの『揚げかたやきそば』」
第13回:「渋谷の名店『麗郷』で使える裏技! メニューにないバキバキかた焼きそば」
第14回:「横浜レジェンド町中華『奇珍』具材に負けない揚げ麺のスーパーイリュージョン」
第15回:「“ムラムラ”した漢が喰いたくなる五反田『梅林』の肉かた焼きそば」
第16回:「レモン噴射で梅雨の湿気も吹き飛ぶ! 芝公園『綿徳』の揚げやきそば」

 

MARUOSA(ミュージシャン)

1980年、大阪生まれ、東京在住。エクストリーム・ミュージシャンとして、これまでに20カ国以上でライブを行い、世界3大メディア・アート・フェスのひとつ「ソナー」(スペイン)、約28万人も訪れる欧州最大級の「ロスキレ・フェススティバル」(デンマーク)、世界最大の音楽見本市「SXSW」(アメリカ)などに出演。かた焼きそば研究家としてテレビ・ラジオ出演やコラム執筆といった活動も行う。

Twitter:@maruosa

Instagram:@maruosa

【maruosa.com】

まるおさ

最終更新:2022/07/07 12:00
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