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今週の『金曜ロードショー』を楽しむための基礎知識㊹

『パイレーツ・オブ・カリビアン』ディズニーCEOがデップの役作りに激怒

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金曜ロードショー『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』日本テレビ 公式サイトより

 今週の日本テレビ系『金曜ロードショー』は視聴者のリクエストにこたえるリクエスト企画第6弾、大ヒットシリーズの一作目『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』を放送。

 2003年に公開されたこの映画はディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」をベースにしたアクション・ファンタジー映画で、一作目が世界中で大ヒットを記録し、5本にわたる長期シリーズになった。だけどこの映画が製作されると聞いたとき、多くの人が耳を疑ったと思う。「テーマパークの映画? 本気で言ってる?」と。

 2000年代のディズニーはアニメ、実写ともども興行、評価に苦しんだ暗黒期の時代と言われ、M・ナイト・シャマラン監督作やピクサーアニメ以外はボロボロだった。そんな中でテーマパークの映画というのだから、追い詰められた末の苦肉の策かと思ったものだ。

 観客はもちろん、製作陣ですら誰も成功するわけがないと思っていたのだから。海賊をテーマにした映画は何度も作られていたが、ヒットした作品はわずかで多くは失敗に終わっていた。特に1995年のレニー・ハーリン監督作『カットスロート・アイランド』は壊滅的な興行に終わり、製作費の1割しか回収できなかったといわれた。「最も赤字になった映画」として、今もギネスに記録されている。

「創ったら、ぶち壊せ!!」というキャッチコピーのマヌケさは今も語り草で、監督は当時ヒットしていたスタローンの『クリフハンガー』にあてつけて「これ(カットスロート~)に比べれば『クリフハンガー』は学生映画にすぎない」と自慢げに吹聴したが、学生映画以下の興行成績だった。

 この失敗を期に、誰も海賊映画には手を出そうとしなかった。しかし、ディズニーはかつてスティーブンソンの原作をディズニー初の実写映画にした『宝島』(1950)や『ピーター・パン』(1953)といった海賊映画の名作がある。2000年代の映画界は『ロード・オブ・ザ・リング』『マトリックス』『ハリー・ポッター』『スパイダーマン』といった革新的な映像技術の作品が、話題になっていた時代だ。最新の映像技術でディズニー伝統の海賊映画をつくれば間違いなくヒットするさ!そう思ったに違いない。

 だが映像だけで映画はできない。演技をするのは役者だ。主役のジャック・スパロウ役の人選は暗礁に乗り上げた。オファーを受けた多くの俳優は「海賊映画は当たったことないから」という理由で断りを入れた。最終的にジョニー・デップに決まったが当時のデップといえば、通好みの映画マニアには知られた存在だがこれといったヒット作に乏しく「俳優としての評価は高いが、興行的な成功が少ない」役者だった。そういう意味からディズニーの超大作に出るタイプではないと思われており、「当たらない海賊映画にマニア好みのデップが主演」と聞いて周囲はますます不安に。

 さらにデップはジャックの役作りを「自分の掟に忠実な己の美意識を大切にする男」として彼が敬愛するローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズのように完成させた。キースはドラッグにハマって死にかけ、全身の血を入れ替える手術をしたという伝説がある。ロックスターとしては箔が付く話かもしれないが、どうしたってディズニーのファミリー映画の主役にふさわしいとは思えない。当時のディズニーCEOマイケル・アイズナーがデップの役作りを見て激怒したともいわれたが、監督のゴア・ヴァービンスキーとデップは修正の要求を撥ねつけた。

 さらにグロテスクな表現のためディズニーでは珍しくPG-13というレイティングに設定された本作は、前評判を覆す大ヒットを記録、不道徳すぎる海賊ジャックを怪演したデップは評価され、初めてアカデミー賞にノミネートされた。

 当時最新のVFXも素晴らしいが、よくある「派手な映像技術だけ」の映画ではないのだ。

 ジャックの他にも映画の脇を固めるヒロイン役のエリザベスを演じたキーラ・ナイトレイ、そのエリザベスにほのかな恋心を寄せるウィル・ターナー役のオーランド・ブルームの演技も見事で、この3人が最高のトリニティを結成している。

 ジャックはかつての仲間に裏切られ、無人島に置き去りにされたことがあり、裏切り者は許さないという掟に捕らわれている。

 エリザベスは総督の娘だが、そんな立場に窮屈さを感じており、愛してもいない男との政略結婚をしなければならない立場に縛られている。

 ウィルは少年時代に漂流しているところをエリザベスに救われ以後、彼女をひそかに愛しているが、鍛冶職人の見習いという立場では求婚など望むべくもない。エリザベスもウィルのことを想ってはいるが許されない恋である。

 3人はそれぞれ立場や掟に縛られて自由になれない。彼らがアステカの金貨を巡る冒険と呪われた海賊バルボッサとの対決を経て自由な生きざまを手に入れようとする物語は、職場や家庭の色んなしがらみに囚われている観客の心を強く打ったに違いない。

 単なるテーマパーク映画では済まされないメッセージ性が『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』にはあった。ディズニーがかつて送り出した『宝島』が不道徳すぎる海賊ながら自由を求める男の理想として描かれた、ジョン・シルバーに匹敵する魅力がデップのジャック・スパロウにもある。2000年代のディズニーは、50年代から受け継いできた海賊映画の歴史を途絶えさせないためにあった!

 この直前に『宝島』をSF風にリメイクした『トレジャー・プラネット』(2002)って失敗作があったのもすべて『パイレーツ・オブ・カリビアン』のこやし!

 

 

しばりやトーマス(映画ライター)

関西を中心に活動するフリーの映画面白コメンテイター。どうでもいい時事ネタを収集する企画「地下ニュースグランプリ」主催。

Twitter:@sivariyathomas

しばりやとーます

最終更新:2023/01/20 19:00
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