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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.79

米軍に実在した”超能力部隊”の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』

yagi01.jpgいかがわしい宗教セミナーではなく、80~90年代に実在した米軍
“超能力部隊”のトレーニング風景。みんなで断食、瞑想、自己解放ダンスに励んでます。
(c)Westgate Films Services,LLC.All Right Reserved.

 細木数子がテレビから消えたと思ったら、お次はパワースポットブーム。日本人は、スピリチュアルねたが大好き。もちろん米国にもそちら系の信仰者は少なくないわけで、米国陸軍には”第一地球大隊”という名称の超能力部隊が80~90年代に実際に存在したそうだ。じっと見つめるだけで、ヤギの心臓が止まってしまう恐ろしいサイキックソルジャーも所属していたというからスゴい! 2004年に出版された『実録・アメリカ超能力部隊』(文春文庫)は、英国のジャーナリストであるジョン・ロンスンが”第一地球大隊”の関係者たちを取材して回ったノンフィクション小説。70年代末から準備がすすめられた”第一地球大隊”のプロジェクトは、当時大ヒット中だった映画『スター・ウォーズ』(77)にちなんで”ジェダイ計画”と命名され、戦わずして世界を平和に導くスーパー戦士の育成に力を注いだという。この本にオカルト雑誌『ムー』(学研)の読者ムー民よりも早く飛びついたのが、ハリウッドの大物俳優ジョージ・クルーニー。自ら主演&プロデュースを買って出て、『スター・ウォーズ』シリーズでおなじみユアン・マクレガーや、ジェフ・ブリッジス、ケヴィン・スペイシーら実力派キャストを集めて、『THE MEN WHO STARE AT GOATS』(邦題『ヤギと男と男と壁と』)として映画化した。 

 03年、ミシガン州の地方紙記者ボブ(ユアン・マクレガー)は妻の浮気を知り、傷心を抱いたまま、戦時下のイラク取材を志願。道中のホテルで米国人リン・キャシディ(ジョージ・クルーニー)と知り合う。この男こそ、超能力部隊に所属し、”ヤギ殺し”として恐れられたサイキックソルジャーだったのだ。自分はジェダイ戦士であると名乗るリンによると、「世界の紛争地にパラシュートで降り立ち、キラキラ目線や平和の象徴である音楽や小動物を使って争いを解決すること」がジェダイ戦士の使命だそうだ。なんだかな~。キラキラ目線とは、ニッコリ微笑むだけで相手の戦意を喪失させてしまうジェダイ戦士の必殺技。その他、ジェダイ戦士は必要とあれば、自分の姿を相手から見えなくすることも、壁を通り抜けることも可能らしい。出会ってすぐは「特ダネ、いただき!」とリンにすり寄ったボブだが、もうこのへんの話になると呆れて返す言葉もない。

 自分こそは超能力戦士と信じて疑わないリンと半信半疑で行動を共にすることになったボブとのロードムービーとして展開する本作だが、角川春樹プロデューサーの半自伝的アニメ『幻魔大戦』(83)や”幸福の科学”が製作した宗教戦争アニメ『仏陀再誕』(09)みたいなド派手なサイキックバトルを期待していると肩すかしを食らうので用心のほどを。『幻魔大戦』や『仏陀再誕』の実写版というよりは、『ゴーマニズム宣言』で知られる小林よしのりの初期の人気作『異能戦士』に近い、脱力系コメディなのだ(本筋から脱線するが、『異能戦士』はヒロインの知世ちゃんが超ラブリーだった。石原さとみ主演で誰か実写化してくれないだろうか)。

ygai02.jpgリン(ジョージ・クルーニー)は見つめただけ
でヤギを殺せる恐るべきサイキック兵士だった。
多くの動物たちが超能力実験の犠牲となっている。
合掌……。

 映画の中でも描かれるが、このトンデモ系超能力部隊が80年代に発足したのは、ベトナム戦争で米国が深いキズを負ったという社会的背景があった。ベトナムに従軍した新兵のうち80~85%は敵兵に遭遇しても忙しいふりをして発砲しないか、もしくは標的に当たらないように射撃していた。そして残りの15~20%のうち、2%はもともと戦場に着く前から精神的に問題があった人間で、そうでなかった兵士たちは敵兵を殺すことを目的で射撃した自分の行為に苦しみ続けたという調査結果が出ている。『実録・アメリカ超能力部隊』の中心人物であるジム・チャノン中佐もベトナムから帰還後に鬱病を患うが、その後ニューエイジ思想にどっぷり浸かり”敵を武力で傷つけることない愛と平和の軍隊”としての超能力部隊の設立を軍の上司に申請する。折しもソ連の超能力兵士が念力による大統領暗殺を企んでいるという噂が米軍上層部の耳に入り、ジェダイ計画にGOサインが出たという経緯があった。

 超能力部隊の初代隊長を務めたジム・チャノン役に劇中であたるのが、ジェフ・ブリッジス演じるビル・ジャンゴ陸軍小隊長。映画ではベトナム従軍中に銃撃された際に「優しさこそが武器なのです」という天の啓示を受けたことから一念発起し……というくだりがあるが、ここらへんのエピソードはデイヴィッド・モアハウス著『CAI「超心理」諜報計画 スターゲイト』(翔泳社)に同じような記述がある。『スターゲイト』は米国のCIAにやはり実在したエスパー捜査官による自伝もの。レインジャー隊員だったモアハウスはヨルダンでの演習中に流れ弾が頭を直撃。命に別状はなかったが、このとき天使たちと出会い、「平和を追求しなさい、平和を教えなさい」との啓示を受けたそうだ。その後、幻覚や悪夢を度々見るようになったモアハウスは軍の命令でCAIの遠隔透視諜報計画「スターゲイト」に参加し、遠隔視(リモート・ビューイング)の第一人者となる。遠隔視とは、いわゆる透視能力のこと。遠く離れたターゲットに意識を集中することで、幽体離脱した状態となり、ターゲットに自在に接近できるという。モアハウスは行方不明者の安否、ドラッグを密輸する船の所在地、組織内にいるスパイは誰かなどを次々と当てただけでなく、過去や未来、さらには火星まで旅行したそうだ。

 遠隔視できたら、憧れのアイドルの部屋なんか覗き見放題でウハウハじゃんと思いがちだが、リモート・ビューアーになると見たくないものまで見えてしまうので、精神科のお世話にずいぶんとなるらしい。人並みはずれた能力があるというのは、それはそれでまた大変なんスね。それでもアナタは、アイドルの部屋を覗き見したいですか?

 さて、超能力部隊は過去の話かと思いきや、原作者ジョン・ロンスンによると超能力部隊の作戦マニュアルにあった”音楽を一種の心理的拷問として利用する”というアイデアは9.11同時多発テロ以降も米軍で継承され、イラク戦争で捕虜となったイラク兵たちにメタリカなどのヘビメタ音楽、さらには子ども向けのアニメソングやセサミストリートの曲をエンドレスで聞かせ自白を迫るなどの拷問が行なわれたそうだ。また、このニュースが流れた際に、米国内では「なぜ『タイタニック』の主題歌を使わないのか」「楽曲の使用料はどうなるのか?」といった意見が飛び交ったとのこと。

 最後に本作の邦題について。原題は原作本と同じく『THE MEN WHO STARE AT GOATS(ヤギを見つめる男たち)』だが、CSチャンネル『千原ジュニアの映画製作委員会』の番組内で千原ジュニアの考えた『ヤギと男と男と壁と』なる覚えにくく、口にしにくい邦題が付けられている。この邦題、今から超能力でどうにかならないだろうか?
(文=長野辰次)

yagi03.jpg
『ヤギと男と男と壁と』
原案/ジョン・ロンスン『実力・アメリカ超能力部隊』 監督/グラント・ヘスロヴ 出演/ジョージ・クルーニー、ジェフ・ブリッジス、ユアン・マクレガー、ケヴィン・スペイシー、スティーヴン・ラング、ロバート・パトリック 配給/日活 8月14日(土)よりシネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー公開
<http://www.yagi-otoko.jp/>

実録・アメリカ超能力部隊

まじっすか!?

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最終更新:2012/04/08 22:59
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