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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.69

“リアルと虚構の狭間”を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』

akasia01.jpg“誰も見たことのないアントニオ猪木がここにいる”という
宣伝文が躍る猪木初主演作『ACACIA アカシア』。
猪木いわく「これが最初で最後の主演映画」とのことだ。
(c)『ACACIA』製作委員会

 アントニオ猪木が希代のエンタテイナーであることは誰もが認めるところだろう。プロレスというマッスルショーを繰り広げる一方で、モハメド・アリとの世紀のセメントマッチ、ジャイアント馬場との確執、プロレスラー初となる国会議員当選とその後のスキャンダル……等など、脚本家には思い付けない破天荒な現実のドラマを次々と提供してきた。現実の中に適量のフェイク(演出)を仕込むことで、マスコミを煽り、ファンを陶酔させてきた。リアルとファンタジーを隔てる壁の上を絶妙のバランス感覚で突っ走ってきた、いわば”フェイクドキュメンタリーの天才”である。

 アントニオ猪木はリングの上で覆面を被ることはなかった。すでに猪木寛至が”アントニオ猪木”というキャラクターを演じているからだ。長年、糖尿病に悩まされてきた猪木だが、ファンの前では「元気ですかーっ。元気があれば何でもできる」と決めゼリフを吐き続けた。自分はヤバいくらい血糖値が上がっているにも関わらず。リングを降りても、ファンの目がある限り、アントニオ猪木はリアルとフィクションのギリギリの狭間を生きてきた。引退してからすでに12年が経つが、猪木のようにファンの幻想を掻き立ててくれるプロレスラーはもういない。

 「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」という名言を現役時代に残した猪木だが、意外なジャンルから挑戦状が送りつけられた。挑戦状の送り主は、作家兼ミュージシャンである辻仁成。ホテルでばったり出くわした猪木に、「ボクの映画に出演してください」と直談判してきたのだ。そのときの辻仁成の表情がマジだったらしく、猪木は「やってやろうじゃねぇの。男に二言はない」と承諾。そうして生まれたのが、辻仁成原作・脚本・監督、アントニオ猪木初主演映画『ACACIA アカシア』というわけだ。

 アントニオ猪木が演じる主人公は、元プロレスラーの大魔神。かつては悪役覆面レスラーとして暴れ回ったが、巡業中にひとり息子を亡くし、妻(石田えり)とも離別。今は高齢者たちが暮らす集合住宅で用心棒を兼ねてひっそりと暮らしている。そんな折、大魔神は近所に住むいじめられっ子のタクロウになつかれ、子育てを放棄した母親(坂井真紀)に代わって、タクロウをしばらく預かることに。年老いた元プロレスラーとコドクな少年とのひと夏の友情が育まれていく。絵に描いたような映画的ストーリーが、演技未経験の猪木を中心に進んでいく。

 ドラマよりも過激な人生を歩んできたアントニオ猪木が、辻仁成監督が用意した虚構世界に降りていって、はたして面白いものになるのか。正直いって、それは無理というもの。しかし、ストーリーとは関係ないシーンで、俳優には出せない猪木ならではの魅力がこぼれ落ちていく。眼鏡を掛けた大魔神が縫い物などの家事に勤しむ様子は、ファンの前で過激なエンタテイナーを演じてきたアントニオ猪木とは異なる静謐な佇まいだ。タクロウを連れて山に登り、黙って空を眺める。詩集『馬鹿になれ』( 角川書店)を上梓した詩人らしいロマンチストの横顔を感じさせる。リングに立てなくなった老レスラーの哀愁はそこにはなく、むしろひとり暮らしを伸び伸びと楽しんでいる快活さが感じられる。

akasia02.jpg港に取り残された古いフェリーも猪木マジックに
かかれば、ブラジルへ渡航中の豪華客船にたちま
ち変身するのだった。

 新橋のイノキ・ゲノム・フェデレーションでアントニオ猪木を囲む機会があった。当日集まった記者は情報誌や女性誌が中心だったこともあり、「まだ完成した映画は観てないんだ。演技論とか難しい質問は勘弁してくれよ」と言いつつ、猪木はリラックスした表情で語り倒した。「プロレスと芝居は似てますか?」という非常に率直な質問を女性記者が投げ掛けたところ、猪木もストレートに返答した。「それは似てると思いますよ。やっぱりね、一流レスラーはお客の心をつかむのがうまい。ボクシングはセコンドがアドバイスしてくれるけど、プロレスラーはひとり一人がプロデューサーなんです。プロレスラーは頭が良くないとトップに立てません」

 さらに猪木は「みんな、もっとバカになれ」と持論を広げる。「人間、もっと恥をかかないとダメ。恥を恐れていては人前で演技もできないしね。バカになれ、とことんバカになって、恥をかけということ。自分を裸にしてしまえば、もう怖いものはないよ。今は情報社会ということで、行動を起こす前から結果が見えてしまっている。でも、やってみなくちゃ分からない。バカなことを自分から進んでやる。そうじゃないと、人に夢を与えることはできないよ」

 筋肉バカではダメだと言う一方で、「もっとバカになれ」と説く猪木。物すごく矛盾した論説だ。しかし、猪木からしてみれば、実人生を生き抜くということは、”矛盾”という名のとぐろを巻いた大蛇を相手にダンスを踊るようなものなのだろう。人間としての器が大きければ大きいほど、より巨大な”矛盾”と組み合うことができる。そういえば、アントニオ猪木の全盛期の必殺技は「コブラツイスト」だった。

 アントニオ猪木は、壮大な宝探しの計画についても語った。キューバのフィデル・カストロ氏からプレゼントされた”友人猪木島”の周辺には75隻もの船が沈んでおり、猪木島には沈没船が積んでいたインカの財宝が隠されているとのこと。徳川埋蔵金を遥かに上回る埋蔵額で、今の不景気が吹っ飛ぶくらいらしい。夢を語るときのアントニオ猪木はまるで少年のようだ。しかも、猪木の語る夢に耳を傾けている人たちまで少年少女にしてしまう魔力を秘めている。猪木マジックにかかって、痛い目に遭った人もずいぶん多いに違いない。

 映画『アカシア』のクライマックス、猪木=大魔神はさめざめと泣く。実人生で猪木は最初の結婚で生まれた長女を8歳のときに病気で失っている。また、猪木の父親代わりだった祖父はブラジル行きの移民船内で猪木少年が買ってきた青いバナナを食べて腸閉塞を起こし、カリブ海で水葬されている。プロレスの世界で師匠だった力道山は、ナイトクラブでヤクザに刺され、天国に旅立った。猪木と激闘を繰り広げてきたプロレスラーたちの多くも、今はもうこの世にいない。猪木はスクリーンの中で、おいおいと泣く。しかし、それは老人が自分の人生を悔いてむせび泣く姿ではなく、夏の終わりに少年が大切なものを失ってしまったことに気づき泣きじゃくっているかのようだ。映画の中で猪木が号泣する姿は、フェイクだろうか、それともリアルだろうか。
(文=長野辰次)

akasia03.jpg
●『ACACIA アカシア』
原作・脚本・監督/辻仁成 出演/アントニオ猪木、石田えり、林凌雅、北村一輝、坂井真紀、川津祐介 配給/ビターズ・エンド 6月12日(土)より角川シネマ新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
<http://www.acacia-movie.com>

アントニオ猪木名勝負十番

♪イノキ、ボンバイエ~

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[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 23:00
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