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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.92

バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』

10oku01.jpg『元気が出るテレビ!!』『浅草橋ヤング洋品店』などの伝説的ヒット番組を生み出してきたテリー伊藤氏が、キャラクタービジネスに参入。テリー氏の被っている帽子にはオリジナルキャラクターNANITYが。(c)「10億円稼ぐ」製作委員/(c)NANITY

 映画というフィクションを生み出す装置を使って、現実社会でお金も生み出そうという”錬金術”のような試みだ。”天才演出家”として知られるテリー伊藤氏の初監督映画『10億円稼ぐ』は、テリー氏の天才ゆえのひらめきと数々のバラエティー番組をヒットさせてきたノウハウを駆使して、ひと儲けを企む景気のいい現在進行形のドキュメンタリーとなっている。今回、テリー氏がその鋭い眼差しを向けたのはキャラクタービジネス。サンリオのハローキティは世界で年間約50億ドルもの売り上げがあるというではないか。タレントショップの先駆けとなった「元気が出るハウス」は『元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)の終了と共に消滅したが、ハローキティやミッフィーのような人気キャラクターを自前で作ってしまえば、その後はTシャツやグッズに使われる際にロイヤリティーが永続的に入ってくる。こんな美味しい話はない。テリー氏は自慢のビンテージジャケットやバイクを売り払うことで軍資金300万円を捻出。ゼロからのオリジナルキャラクターの開発、営業に乗り出す。

 テリー氏自身はライセンスビジネスの知識があるわけでも、アパレル業界に強力なコネがあるわけではない。ただし本名の伊藤輝夫ではなく、”天才演出家”テリー伊藤としてカメラの前に立つと奇抜なアイデアが湧き、そのアイデアを実現化するために大胆な行動に打って出ることに躊躇しない。テリー氏はテレビ出演する際にはド派手な革ジャン&ブーツ姿で登場するが、あれはカメラの前に立つ自分を鼓舞するため、強気の自分を演出するための戦闘服なのだ。今回の映画制作でも自分に向かってカメラが回り続けることで、テリー氏はどうすればビジネスが面白い方向に転がっていくかを走りながら常に考え続け、そして判断を下していく。

10oku02.jpgビンテージジャケットを売って、軍資金300万円
を調達。売れっ子コメンテーターとして勝ち
組人生を歩んでいるように思えるテリー氏だが、
批評する側でなく、批評される側でいたいのだ。

 台本のないドキュメンタリーである本作は、テリー氏ならではの出たとこ勝負の連続だ。まずエイベックス所属の暇を持て余している女性タレントたちに声を掛け、自分にはない若い女性ならではのアイデアを募る。さらにmixiで見つけた女性イラストレーター・Paricoさん(23)らとコンタクトを取り、キャラクターの原画を発注。この結果、コウモリ王国のキュートなお姫さまNANITYが誕生する。だが、キャラクターができても、ただ待っていればお金が湧いてくるわけではない。テリー氏は「ハローワークス」と命名されたエイベックスの若手女性タレントたちを率いて、オモチャ会社やアパレル企業へのNANITYの売り込みを開始。さらにラスベガスで開催されるライセンシーマーケットに出展して、世界各国のバイヤーたちに渋谷発のニューキャラクターとして売り込んでいく。

 当然ながら筋書きのあるドラマと違って、ドキュメンタリーは当事者たちの思い描いたようには進まない。実際に多額の金額が動くビジネスだけに、いくら有名人であるテリー伊藤からの売り込みといっても企業側は簡単には契約は結べない。撮影開始から1年があっという間に過ぎていく。NANITYのキャラクター買い取り料で25万円、商標登録料として46万円、営業用パンフレットや販促グッズの製作費25万円、プロモーション用のアニメ製作費70万円、ライセンシーマーケットへの出展料80万円……とテリー氏の用意した300万円はすでに消えてしまった。高い授業料で終わってしまうのか。

10oku03.jpgドン小西氏を相手に、左目を負傷して入院して
いた頃の思い出を語るテリー伊藤氏。カメラの前で
トークすることで、意外な記憶が甦ってきたという。

 なかなか好リアクションが得られない現実のビジネスに苛立ちを感じたテリー氏は、『スッキリ!!』(日本テレビ系)で共演するファッションデザイナーのドン小西氏に不安と焦りを打ち明ける。そのときの小西氏のコメントは、「オレ、15億円の借金があったけど、9年間で返済したよ。そのエネルギーは何だったかというと、オレはファッションが好き。オレにはファッションしかないということだよ。その点、テリーさんはどうなの?」。ビジネスはアイデアだけじゃダメ、信念がないと成功しないよというマジな言葉に、テリー氏の脳裏に18歳のときに左目を負傷した思い出が蘇る。天才演出家・テリー伊藤がまだ自分の天才性に目覚める以前の18歳の伊藤輝夫と向き合うこのシーンは、本作のキモといっていいだろう。ライセンスビジネスでひと儲けのはずが、意外にも自分自身のアイデンティティーを見つめ直す作業となる。

 北朝鮮の”喜び組”のごとくテリー氏の両脇を彩る「ハローワークス」の面々も、ただのビジュアル要員ではない。若さと今どきのルックスが自慢でエイベックス所属タレントになったものの、その後はパッとしない彼女たち。テリー氏の新ビジネスに参加することで、自分たちも一緒に売り出されちゃおうという他力本願な甘い考えだったのが、テリー氏からの指示待ちだけでは今までと何も変わらないことに気づき、それぞれがNANITYの飛び込み営業を開始する。本業は歌手である光上せあらは営業中のドンキホーテの店長に断られても断られても、執拗に売り込みを続ける。店長の出勤、退社を待ち構える様子はほとんどストーカー状態。ドンキホーテの店舗じゃなくて、本社に直接電話で売り込めばいいじゃんとツッコミたくなるシーンだが、テリー氏の”ビジネスとは汗臭くて泥臭いもの”という演出意図が感じられる。本作はライセンスビジネスのハウツーを伝えるのと同時に、世間知らずで若さを消費していた「ハローワークス」の面々がNANITYというキャラクターを通じて、実社会とコミュニケイトしていく物語でもあるのだ。

 テリー氏と「ハローワークス」の2年ごしの努力が実って、NANITYは国内16社、海外11社との契約が成立。すでに国内最大手の衣料チェーン店「しまむら」ではNANITYグッズが販売されている。最終的には世界40か国と契約を結び、2015年には目標金額10億円を越える見込みだという。だが、テリー氏の野心はこれだけは満たされず、次の新ビジネスへと走り出す。最後にひとつ気になったのは、NANITYの原画を担当したイラストレーターのParicoさん。キャラクター買い取り料ということで25万円を受け取っているようだが、NANITYがヒットした場合のオプション契約などは結んでいないのだろうか。「およげ!たいやきくん」が450万枚の大ヒットを記録しながら、印税契約せずにお金持ちになりそびれた子門真人みたくならなければいいけど。
(文=長野辰次)

10oku04.jpg

『10億円稼ぐ』
企画・監督/テリー伊藤 出演/テリー伊藤、稲村寿世、光上せあら、杉浦亜衣、真崎麻衣、宮脇詩音、NIGO、ドン小西、ラッキィ池田、彩木エリ、高橋がなり 配給/エイベックス・エンタテインメント 11月20日(土)より渋谷シネクイントにてレイトショー公開 <http://10-oku.com>

テリー伊藤×ピタミン=スッキリ!!

生粋の商売人。

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[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 22:57
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