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『Dr.コトー診療所』は医師の自己犠牲賛美のスポ根映画?不誠実極まりない結末

『Dr.コトー診療所』は医師の自己犠牲賛美のスポ根映画?不誠実極まりない結末の画像1
映画『Dr.コトー診療所』公式サイト」より

 映画『Dr.コトー診療所』が公開中だ。本作は2003年と2006年に放送された大人気ドラマの16年ぶりの続編となる劇場版。12月16日の公開日から1ヶ月が経過し、興行収入は20億円を超えるヒットとなっている。

 映画.comで3.4点、Filmarksで3.7点などレビューサイトの平均得点はまずまずではあるのだが……一部では激烈な否定的な意見も見受けられる。そして、筆者個人の2022年のワースト1位の映画は本作であり、現代に世に送り出される作品として真面目に批判されてしかるべき問題があったと言わざるを得ない。

 ここからは、本編のクライマックスとラストを含むネタバレ全開でその問題を記していく。本当はネタバレしないまま論じたいところなのだが、本作は特に結末部分への憤りが甚だしいため、そこに触れざるを得ないのだ。

 そのため、これからこの映画を観ようと考えている方は、これ以降は読まないことをおすすめする。また、この映画を文句なしに楽しまれた方には、不快に感じられる表現が出てくる可能性があることを、ご容赦いただきたい。

※以下、映画『Dr.コトー診療所』の結末を含むネタバレを記しています。

現実に通ずる医療現場の問題が描かれていたはずなのに……

 本作では、自分のことを顧みず、島民のために自転車で駆け回るコトー先生の姿が中心に描かれている。島にやってきた研修医はコトー先生が無理をしている環境を皮肉まじりで批判しているし、同時に過疎化と財政難のため近隣諸島との医療統合の話も持ち上がっている。さらに、コトー先生の白血病が判明し、周りからは島を離れて治療に専念するように告げられるのだ。

 つまり、医者の過労および医療現場の労働環境の問題を提示し、自己犠牲的な精神への批判も込められている、というわけだ。なるほど、それは現実のコロナ禍で医療現場が逼迫している現状では、より切実さが増している問題だ。つい先日、17時間ほぼ休みなく勤務していた緊急隊員による、救急車の横転事故が議論の的になったこともある。

 では、この映画がどのようにこの問題に向き合うのか、コトー先生はどのような選択をするのかが、この映画『Dr.コトー診療所』の見所……だと思っていたのだが、それらを「自己犠牲こそ尊い」もしくは「明確に解決せずにぶん投げ」という、不誠実極まりない結末にするとは、思いもしなかったのだ。

白血病で倒れても手術をする医者をスポ根もののように囃し立てる

 クライマックスでは、島にやってきた台風のために、次々と診療所に急患患者が運び込まれる。人数も医療体制も限られている最中、研修医からトリアージが求められる上に、コトー先生は白血病のために倒れてしまう。

 この後どうするのかと思いきや……その倒れたコトー先生はよろよろと起き上がり重病人の手術をし始めて(するな!)周りがそれをスポ根もののように「頑張れ!頑張れ!」と囃し立てるのだ。

 これは前述した医療現場の労働環境や、自己犠牲的な精神への批判をないがしろにする、「医者は過労しても病気になっても倒れてもただ頑張るのが尊い」と受け止められかねないものだ。しかも、翌朝にはなぜかみんなが喜んでいる。あれだけの急患患者が一斉に運びこまれたはず、トリアージまで求められたはずなのに、1人だけ手術をしたら他も解決しているような、このクライマックスの描写自体が現実味がない、いや雑すぎるのだ。

 もちろん、自己犠牲を提示する作品が全て悪いとは言わない。ファンタジー冒険物語などでその精神を気高いものとして語る場合も、現実でも緊急時の自己犠牲の行動をその悲しさ込みで語られる場合もあるだろう。だが、「白血病の医者がぶっ倒れながら患者の命の危険がある手術をして、周りがそれを囃し立てて、それで全て解決」という根性論でゴリ押しするような展開は、さすがにフィクションであっても看過できるものではない。

「観客の心を揺さぶってやろう」という浅い狙いが透けて見える

 そして、前述してきた「コトー先生が1人で無理をしすぎている」「医療統合の話」「白血病」などの問題は、劇中で全く解決されることはない。いや、結末部分で「無音」のまま登場人物のその後を見せ、それとなくハッピーエンド風に見せている、それを持って「詳細はよくわからないけど、まあ解決したんだよね」と憶測はできなくもない演出がされているのだ。

 これでは、2時間以上の時間を使って描いてきた全ての問題をぶん投げた、いや悪い意味で観客に丸投げしたと捉えられても仕方がないではないか。コトー先生は変わらず島で医者を続けている、研修医と共にこの島に残って2人体制でこれからは診療をしていくという解釈もできなくはないが、肝心の「白血病が治ったどうか」すらわからないので、悪い意味でモヤモヤしてしまう。

 さらに、このラストでは「コトー先生が死んだかどうかでハラハラさせる」演出もされている。自転車で診療所にやってきたのはコトー先生……と思いきや研修医でした。妻が産んだ子どもがいる……それを抱き抱えるのは誰だ?……コトー先生だった!良かった!生きてた!(でもこれも夢なのかも?)……などと意図的に惑わせるようなラストなのだ。「観客の心を揺さぶってやろう」という浅い狙いが透けて見えるし、前述してきた問題に対しても、やはり不誠実極まりない。

良いところもあるが、だからこそ不誠実さが許しがたい

 もちろん、この映画『Dr.コトー診療所』にも良いところはある。与那国島のロケーションは美しく、スクリーン映えする。吉岡秀隆や柴咲コウや髙橋海人ら役者陣は好演している。ドラマ版の当時では子役だった富岡涼が16年ぶりに復帰し、医者になれなかったために後悔と葛藤を抱えた青年の心理をしっかり表現していた。しかも、完全にドラマファン向けではなく、この映画だけを観ても内容が理解できる親切設計にもなっている。

 そうした全ての美点を台無しにするほどの、クライマックスとラストの不誠実さが本当に許しがたい。ただでさえ、多くの問題を並べ立てていくばかりの物語を個人的には退屈に感じてしまっていたのに、それぞれに全く誠実に向き合わずに終わってしまったのだから。この現実及び作品内の問題に対しての不誠実さは、十数年前のドラマの映画化作品にも見られたもので、その悪しき慣習が復活してしまったような悲しさがあった。

 比較で語るのも申し訳ないが、自己犠牲に捉えられかねない問題に、真摯に向き合った映画作品ももちろんある。2021年公開のスキージャンプを題材にした『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』だ。こちらは予告編の時点ではテストジャンパーが自己犠牲で飛ぶことを美談にしているような印象があったものの、本編では練りに練られた脚本によりそれを避け、自己犠牲以外の複雑な心理も見事に描き出していた。

 結論としては、映画『Dr.コトー診療所』は医療というセンシティブな題材、現実にもある社会問題を扱っているのにも関わらず、全く誠実さが感じられないどころか、問題を投げ出して表面上の「エモさ」だけを抽出して終わらせたかのような内容だ。この映画を観に来た観客にも、現実の医療従事者にも対しても失礼と言わざるを得ない。このような映画はこれ以上は作られないでほしいし、作り手は批判を真摯に受け止めてほしいと願うばかりだ。

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/01/21 09:00
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