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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.96

村上春樹の超絶ベストセラーの映画化『ノルウェイの森』はどこにある?

norway01.jpg松山ケンイチ、菊地凛子主演『ノルウェイの森』。
大学生のワタナベは自殺した親友の恋人・直子と再会し、交際を始める。
(c)2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

 1987年に刊行され、累計1,000万部を突破した村上春樹の世界的ベストセラー小説『ノルウェイの森』が、23年の時間を経て映画化された。主人公のワタナベに松山ケンイチ、直子に菊地凛子、緑に新人の水原希子、自殺した親友キズキに高良健吾というキャスティングだ。処女作『風の歌を聴け』が81年に大森一樹監督、小林薫主演で映画化されて以降、村上春樹の長編小説は映像化されることはなかったが、フランス在住のトラン・アン・ユン監督が原作にほぼ忠実に映画化することで完成に漕ぎ着けた。『空気人形』(09)の撮影監督マーク・リー・ピンビンのカメラワークが本作でも冴え、’60年代の東京、そしてワタナベと直子が再会する山奥の療養所のシーンを美しく撮り上げている。

 1969年。高校で唯一の親友だったキズキを亡くしたワタナベ(松山ケンイチ)は、大学進学をきっかけに知り合いのいない東京で寮生活を始める。大学では学生運動が盛り上がっていたが、ワタナベは人との関わり合いを避けるように過ごしていた。そんな折、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会。心に空いた穴をお互いに埋め合うかのように2人は付き合い始める。直子の20歳の誕生日、ワナタベは直子の部屋でひと晩を過ごすことに。だが、その日以来、直子はワタナベの前から姿を消す。山奥の療養所に直子がいることを知ったワタナベは、彼女宛ての手紙を書き連ねる。直子のことを想う一方、ワタナベは大学の同級生・緑(水原希子)の明るさにも魅了され始めていた。

 ”喪失感”がテーマとされる村上作品だが、トラン監督も同じく喪失感を抱える映像作家。1962年にホーチミン市近郊の町で生まれたトラン監督はベトナム戦争の戦火から逃れるため、75年にフランスに亡命している。いわば、故郷の喪失者だ。『青いパパイヤの香り』(93)、『夏至』(00)と失われた故郷の思い出を度々モチーフにしている。バイオレンスに突き動かされる現代人の狂気を都市奇譚を交えて美しい映像の中で描いた『アイ・カム・ウィズ・レイン』(08)などは、近年の村上作品と符丁の合う作品だろう。

norway02.jpg直子とは対照的に生命力に溢れた緑。モデル
出身の水原希子がフレッシュな魅力を放っている。

 ベストセラー小説の映像化は、原作ファンの思い入れが強い分どうしても好き嫌いが分かれるが、少なくとも日本人監督ではなく、トラン監督を起用したことで、日本映画特有のウエットさを抑えることに成功している。『ノルウェイの森』が描く世界は美しくはあるが、懐かしく甘くノスタルジックな世界ではないのだ。また、日本の芸能界のことはまったく知らないトラン監督のために、ほぼ全キャストにわたってオーディションが行なわれたことも、本作のプラスポイントに挙げたい。主演の松山ケンイチもすんなり決まったわけではない。松山のオーディション用ビデオを見て最初は難色を示していたトラン監督だが、面談を通して松山の純朴さを感じ、ワタナベ役に選んでいる。原作の大ファンだった菊地凛子の場合は菊地からオーディションに名乗りを挙げ、ビデオ段階で完全な役づくりを行ない念願の直子役をもぎ取った。

 ワタナベの同級生・緑役の水原希子も、オーディションの恩恵を受けたひとり。ファッション誌の人気モデルとして活躍する水原だが、演技はまったくの未経験。松山と菊地のパートなど、すでに撮影が始まっていたにも関わらず、緑役のオーディションは難航を極めていた。そんなとき、女性誌のグラビアで微笑む水原の写真をトラン監督が気に入り、急遽面談に。初めて会うトラン監督に対し「ハ~イ!」と挨拶するなど、物怖じしない性格で緑役をゲットしたラッキーガールだ。

 「キネマ旬報」(12月下旬号)で水原希子をインタビューしたが、明るい緑と同様に水原自身も人見知りしない陽気な女の子だ。スクリーンの中で終始笑顔を振りまいている水原だが、実は彼女は複雑なアイデンティティーの持ち主。米国テキサス生まれで神戸育ちの彼女は12歳から雑誌「Seventeen」(集英社)などのモデルを務めてきたが、小学5年生のときに米国人の父親と韓国人の母親が離婚しており、水原は自分の居場所はどこなのかとかなり悩んだ時期があるという。ナイーブな問題を抱えながらも、積極的に仕事に打ち込むことで自分の居場所を切り開いていった水原を、トラン監督は「希子は緑に似ているよ」と抜擢に至った。

 それにしても、タイトルとなっている”ノルウェイの森”とはどこにあるのだろうか。北欧のノルウェイに行っても、正しい意味での”ノルウェイの森”は存在しない。なぜなら、元々ビートルズが歌った「ノルウェーの森」の日本語訳が誤訳だからだ。原題の「Norwegian Wood」は、直訳すると”ノルウェイ産の木材”。ノルウェイ家具に囲まれた部屋に住むガールフレンドとの逢瀬をジョン・レノンが歌ったもの。ジョン・レノンの意味深な歌詞とジョージ・ハリソンがシタールを幻想的にかき鳴らしていることから、日本では「ノルウェーの木材」「ノルウェーの家具」と直されることなく、誤訳(意訳)である「ノルウェーの森」として一般化していった。だから、”ノルウェイの森”は世界中どこを探しても実在しない。村上春樹流にいえば、”ノルウェイの森”とは形而上学的存在なのだ。

 そんな形而上学の”不思議な森”に、実に多くの人が迷い込む。学校や職場の人間関係につまずいた者、恋愛や結婚生活の破綻がきっかけで道から転げ落ちた者、家族との折り合いが悪くて家にいられなくなった者……。街から遠く離れた、深くて暗い森の中に知らず知らずに迷い込む。人間社会で傷つきながら生きていくより、この森の中で静かに暮らすほうがいいと森から出てこない若者たちが大勢いる。森から何とか脱出した者も、森に入る前と出た後では確実に変わってしまう。森を出る際に、大切な何かを失ってしまうのだ。

 『ノルウェイの森』でも主人公ワタナベの周囲にいる人たちは、次々と森の中へ消えていく。大切な直子だけでも守ろうとワタナベは懸命に直子を森の外へと連れ出そうとするが、かえってワタナベは自分の無力さを思い知らされる。仲間たちは美しい姿のまま、森の中へと消えていった。それでもワタナベは生きていかなくてはいけない。希望もない、明るい未来をイメージすることもできない。それでもワタナベは森の外で生きていく。胸の奥に失った何かを抱えながら。

 23年前には理解できなかった原作小説のラストが、今なら少しは分かる気がする。
(文=長野辰次)

『ノルウェイの森』
原作/村上春樹 脚本・監督/トラン・アン・ユン 撮影/マーク・リー・ピンビン 音楽/ジョニー・グリーンウッド 出演/松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、玉山鉄二 PG12 配給/東宝 12月11日(土)より日本公開
<http://www.norway-mori.com> 

ノルウェイの森 上

好き嫌いが分かれますが。

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最終更新:2012/04/08 22:56

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