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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.94

“アル中”カメラマンの泣き笑い人生『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

yoisame01.jpg鴨志田穣氏の体験エッセイを浅野忠信、永作博美のキャストで
映画化した『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』。
(c)2010シグロ/バップ/ビターズ・エンド

 監督の力量と俳優陣のアンサンブルが、原作の魅力をグイグイと引き出した秀作だ。アルコール依存症で精神病院の閉鎖病棟に入院した鴨志田穣氏による同名エッセイを映画化した『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』がたまらなく面白くて哀しい。説明するまでもなく、鴨志田氏は漫画家・西原理恵子氏のコミックに元夫”鴨ちゃん”として度々登場してきたフリージャーナリスト。戦場カメラマンとしてタイ、カンボジア、ミャンマー、ボスニア、ザイールなどの危険地帯を巡り、カメラを回してきた。1995年にバンコクで出会った西原氏と翌年入籍して一男一女をもうけるが、アルコールへの依存が増していき、西原氏とは2003年に離婚。その後、入退院を繰り返すも、アルコール依存症を克服し、06年に西原氏と復縁。腎臓がんを患い、07年に西原氏や子どもたちに看取られて、42歳の生涯を閉じている。

 断酒中に寿司屋で出された奈良漬けをひと切れ食べたばっかりに再飲酒を始めてしまい病院に運び込まれた経緯や、アルコール病棟で出会ったユニークすぎる患者仲間や医者たちと過ごした日々を、鴨志田氏は明るく平易で澄み切った文章で描いている。そのペンの走り方には、担当医から「あの世ゆきにリーチがかかってるよ」と宣告された病人とは思えない生命力が満ちている。病院の食堂で毎週火曜日に出されるカレーライスに異常なまでに執着を見せ、若くてかわいい看護師の名前はすかさずフルネームでチェック。その一方、育ち盛りで目に入れても痛くない2人の子どもたちともう一度生活するために懸命にリハビリに取り組む。不幸と幸福が絶妙にブレンドされた、独特の深みのあるエッセイなのだ。中島らもの小説『今夜、すべてのバーで』(講談社)と肩を並べる名著と言っていい。

yoisame02.jpg父親が酒乱だったこと、戦地でロシアンルー
レットに興じる兵士を目撃したことなど複合的
要因から、カメラマン塚原のアルコール依存症が
悪化していく。

 人生の哀歓をブルージーに煮詰めた原作エッセイを、映画化したのはベテランの東陽一監督。被差別部落を舞台にした『橋のない川』(96)、石原さとみ&浅野忠信出演作『わたしのグランパ』(03)など硬軟織り交ぜた作品を撮り続けてきた東監督が、本作でも76歳と思えない瑞々しい演出を見せている。アルコール依存症患者が離脱症状として見る幻覚というと、小人の大名行列が部屋の隅から現われ……というイメージが一般的に知られているが、東監督はそういった既成のビジュアルイメージやCG表現などに頼らず、依存症患者が現実と妄想の境界線を見失っていく様を実に巧みに描いてみせる。主人公の塚原を演じた浅野忠信の内側から、黒い浅野忠信が出てきて暴言・暴力を振るうシーンは秀逸だ。大手映画会社に所属することなく、インディペンデントシーンを渡り歩いてきた東監督は、今年8月には2本合わせてわずか5日間で撮り終えたエロティック・バリアフリー・ムービー(略称:エロバリ)『ナース夏子の熱い夏』『私の調教日記』が公開されたばかり。こちらは障害者と健常者が一緒にピンク映画を楽しもうという意欲作だ。東監督は年齢を重ねても枯れることなく、映像の中で”生”を鮮やかに描いてみせる。

yoisame03.jpg退院を控えた塚原は患者仲間の前で、依存症に
なった経緯から克服するまでの体験発表すること
に。精神病院内の人間模様がリアルだ。

 キャスティングも巧妙だ。『地雷を踏んだらサヨウナラ』(99)で戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の生涯を演じた浅野忠信だけに、本作では戦場での回想シーンを挿入せずとも戦場カメラマンとしての既視感が漂う。西原理恵子氏がモデルとなっている元妻の園田由紀役の永作博美は『その日のまえに』(08)で家族に看取られる主婦を演じたが、今回は逆に看取る側となっている。一度は離縁した夫が家族のためにアルコール病棟で弱い自分自身と闘う姿を、近すぎず遠すぎない距離を保って見守り続ける。クライマックス、依存症を克服して退院を果たした塚原が子どもたちと手をつないで歩く様子を、やはり少し離れた距離から彼女は見つめる。左目で目の前にある幸福を噛み締め、右目にはやがて訪れるだろう別れの日を予感した哀しみの色が浮かんでいる。永作博美が見せるガチャ目チックなラストの表情が映画の余韻をより深いものにしている。

 父親の帰還を待っている家族のためにリハビリに努める依存症患者の主観で描いたのが『酔いがさめたら、うちへ帰ろう。』なら、放蕩を繰り返す父親を家で待つ妻と子どもの立場から捉えたのが西原理恵子氏のベストセラーコミック『毎日かあさん』(毎日新聞社)だ。コミック版の『毎日かあさん』は”とうさん”との別居、闘病、復縁、そして永遠の別れ、さらには残された家族が立ち直っていく様子が綴られている。一方、テレビ東京系でオンエア中のアニメ版『毎日かあさん』では、気のいい家族想いの”とうさん”が今も元気に酔っぱらいながら登場する。現実世界では退院後はわずかな時間しか家族と過ごせなかった鴨志田氏だが、アニメーションの世界では今も子どもたちと楽しそうに暮らしている。アニメ版『毎日かあさん』は、『サザエさん』(フジテレビ系)のように時間が止まったユートピアと化している。それはまるで、西原家の最も幸福な記憶の1ページが永遠に増殖しているかのようだ。
(文=長野辰次)

yoisame04.jpg
『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』
原作/鴨志田穣 監督・脚本/東陽一 主題歌/忌野清志郎 出演/浅野忠信、永作博美、市川実日子、利重剛、藤岡洋介、森くれあ、高田聖子、柊瑠美、甲本雅裕、渡辺真紀子、堀部圭亮、西尾まり、大久保鷹、滝藤賢一、志賀廣太郎、北見敏之、螢雪次朗、光石研、香山美子 配給/ビターズ・エンド、シグロ 
12月4日(土)よりシネスイッチ銀座、テアトル新宿ほか全国公開
<http://www.yoisame.jp>

酔いがさめたら、うちに帰ろう。

2010年はゲゲゲとサイバラブームだったようです。

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[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

最終更新:2012/04/08 22:57
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